「ザ・クオンツ」はブラックスワン並の傑作


ザ・クオンツ  世界経済を破壊した天才たち
クーリエジャポンで紹介されていたので、とりあえず期待して読んでみた。結果は、期待値はそれなりに高かったのに想像以上の傑作でした。ブラックスワン並というのはちょっといいすぎかもしれないけど、ブラックスワンの続編みたいに楽しめる。タレブも登場するし。

市場は効率的か?

「ウォール街のランダムウォーカー」という株式投資の古典的名書があります。それには、株式市場は効率的なので、成功している投資家は運の要素が強く、市場に実力で勝つというのは幻想だという基本的な考えがあります。

僕は7年前ぐらいにこの本を読んで、株式投資とか自分には無理だなと諦めてINDEX投信をドルコストで積み立てするという手堅い戦略をやっていたわけです。

市場効率仮説の考え方は簡単で、「道端に千円札が落ちていれば誰かがすでに拾っている。だから、道端に落ちている千円札を探す行為は時間のムダ。市場は効率的なので儲けるやり方が見つかっても、すぐにみんなが真似して必勝法はなくなる。」という考え方。

ただ、ウォーレンバフェットとかは「市場が本当に効率的なら俺はそこらへんでバイトするよ」みたいな考え方していたりする。この本に出てくるとびきり頭がよくて、高度な金融工学を駆使して年に数十億円を稼ぎ出すクオンツ達も市場の穴を見つけ出し実際に一儲けする。(暴落でそれらのお金を吹き飛ばすけど)

市場が効率であるなら、非効率を修正する存在が必要

市場効率仮説にはひとつの矛盾がある。それは、市場が効率であるなら、市場の効率性を促す役目を担うものが不可欠だということ。つまり、落ちた千円札を拾う人物がいなければ市場は効率的に動かないということです。

この市場の穴を高度な数学を駆使したシステムトレードで素早く見つけ出し、アービトラージやブラックショールズモデルなど、いろいろなさや取りで莫大な資産を築き上げるのがクオンツ達です。

簡単に言うとマネーゲームなんですけど、金融市場に流動性を持たせるという意味ではよいことをしているとも言えなくもないわけです。右から左にお金が素早く回るのを手助けするのは活発で効率的な市場を作るのには貢献する。

ただ、あまりにもトレーダー達がリスクを取りすぎ、それがエスカレートして市場が暴落した時、ダメージが世界的に飛び火してしまうというリスクがあったと。

ブラックジャック必勝法を編み出したソープも登場

本書では、クオンツ達の奇想天外な性格もさることながら、クオンツ手法の土台を気づいたエド・ソープのエピソードもたくさんあって本当に面白い。エド・ソープといえばブラックジャック必勝法のカードカウンティングを編み出した数学者。これは「天才数学者はこう賭ける」というパウンドストーン先生の傑作本で詳しい。

このエド・ソープという数学者は本当に金儲けが大好きらしく、ラスベガスの必勝法を数学的に編み出したり、株式市場の必勝法を研究したりと、学者的な研究もやりつつ金儲けに直結することばかりやる愉快なお人です。

そして、現代の金融危機を生み出したクオンツ達のトレーディング手法の土台を作ったのもエド・ソープであることがこの本で詳しく書かれている。しかし、当のソープ自身は、株式市場は人間が関係して予測不可能な出来事が常に起こると確信していた。だから、金融崩壊前にも警告をしていたし、自身もしっかり身を引いていたのが凄い。

中盤、絶好調のクオンツ達を攻撃するタレブ登場

この本の中盤には、「ブラックスワン」で一躍世界的に有名になったタレブも登場する。タレブは統計的にありえないだろうと思われている金融崩壊が、実際は統計学者が思うより頻繁に起こるであろうと予測し、マーケットの崩壊に賭ける投資家です。今回の金融危機で大もうけした一人。

タレブは絶好調のクオンツ達にたいし、「君たちはリスクを取っているのだから、いずれ大損する時が必ず来る」と警告していた。タレブのブラックスワン理論を使ったファンドは現在、金融危機に政府が救済措置をしてハイパーインフレが起こる可能性にお金を賭けているのだとか。

元FRB議長グリーンスパンの敗北宣言が本書の最大の山場

グリーンスパンといえば、市場効率仮説の信奉者で根っからのリバタリアン。これは「波乱の時代」を読めばよく分かる。アダムスミスの神の見えざる手の信奉者です。この人の信念は簡単で、市場は効率的だから、できる限り規制緩和すればマーケットは上手くいくという考え方。

この考え方は最初はすんなり受け入れがたいものだけど、経済学を学べば政府の規制がいかにイノベーションや市場を阻害するかよくわかるので、基礎的な経済学の意味では主流なわけです。

そんな市場効率仮説の信奉者のグリーンスパンが、今回の金融危機の後、生まれて初めて市場を野放しにしすぎると失敗するということを、うなだれながらも認めたわけです。ここが本当に凄いところ。小さいころからFRB議長という世界トップの金融のドンになるまで、ずっと信じてきた自分の信念の間違いを公に認めたことになる。

実際どうしたらいいんだろうか

専門家の意見によると、金融崩壊を防ぐのは不可能だからリカバリーをどうするかを考えるしかないらしい。実際、歴史的に金融危機は何回も起こっているけど、金融危機から回復するスピードは速くなっている。

この本の最後でも、金融危機後にまたクオンツが新たな手法で市場で儲けようとしているところが紹介されていた。とにかく人間はお金儲けしたがるので、もっと凄い金融危機がまた起こるかも。一般ピーポーにできることは、そういうもんだと考えておくのが精神安定上よいかもしれない。

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