iOSアプリ作ってる人間が「沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか」を読んだ


沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか

もうアップル関連の本は読みすぎてしまったので、もういいかなと思ってたんだけど、テククランチで薦められてたので気になってた本。

どうしようかなあと思ったけど、iOSアプリを毎日作っている自分として一応は読んでおくか、なにか新しい発見があるかもしれんと思い読んでみた。

この本に期待していたのは、ジョブズ以後でアップルの社内でイノベーションが起きなくなっているという主旨の裏付けとなる社内情報だったり、ネットで読んだ事がないゴタゴタです。

どこかで読んだ事がない情報というところがポイント。

個人的にはまだまだAndroidよりiOSのほうが開発の手間に比べて費用対効果が高いのでiOSオンリーだけど、この本を読んだ後だと、この前少しやり始めたAndroidのやる気がもっと出てくるかも。

前半はジョブスが死去するまでの話

前半はジョブズがどんどん弱っていくところで、アップル社内がどういう様子だったかの話。

このへんはジョブズの伝記にも書かれている部分が多く、そこまで目新しい事はない。でも、筆者はジョブズ伝記の作者に本に書かれてなかった部分とかも聞いたらしく、ちょっとだけ知らない話も出てくる。

クックがCEO代理になって上手くやっているところをジョブズが気に入らなくて、「俺がCEOだぞ」と会議で切れてクックをひたすら批判してもクックはいつも通り冷静だったとか。

ここらへんはそこまで目新しいところないので詳しい人は飛ばしてもよし。

サムソンとの訴訟問題

この本で一番面白かったところが、サムソンとの訴訟問題のところ。この本で唯一面白い部分。

ソフトウェアの特許って結構デリケートな部分があって、最近はシリコンバレーの大企業にとって特許を取らないと訴訟されて金せびられるという自体が大問題になってる。

なので、大企業は特許を主張するというより、訴えられないように防御的な意味で取ってる。

「こんな馬鹿げたUIの些細な部分に特許を取るなんて!」とGoogleやらもよく批判されたりもするけど、これは防御のためであって個人開発者に特許侵害で訴えることはないですとか言ってたり。

で、この訴訟問題の部分は、サムソンが作ったギャラクシーがiPhoneをパクってるパクってないの法廷騒動の話で、法廷での出来事がなかなか詳しく書かれてる。

アップルのデザイン部門の偉い奴が法廷の出てきた時は、そいつがあまりにもカッコ良く決まっていて法廷全体が飲まれてしまったとか(笑)。

アップルってデザイン部門の人達がカースト制度の一番上で、お金面でも休暇面でも待遇がよいらしい。その点、サプライ部門の人達は馬車馬のように働いていて、待遇も悪いとか。

確かにクリエイティブ部門って働きすぎてもいいアイデアが出ないとかそういう理屈があるからいいな。働きすぎたくない人や、ワガママを通したい人は芸術家とかクリエイターのふりをするのが住みにくい世の中での処世術かもしれません。

アップルが落ち目である裏付けの部分

さて、この本の主旨である、アップルが落ち目だよって部分の裏付けが本の後半になって怒濤のように湧き出てくる。

メインはSiriや地図アプリの失敗。クックは表計算ソフト人間だからイノベーションは起こせないっていうよく言われている主張。

Siriと地図アプリは失敗だったのは間違いないと思うので、ここはそうかなと思うけど、逆に言えば特に新しい話でもないので読み進めて行く。

ちょっとこのへんから、本の主旨に合わせようとひたすらアップルが凋落していく前兆だといろんな話を強引に結びつけていく感じが凄くした。

そもそもこの本の主旨は”沈みゆく帝国”なので、帝国が沈んでいく話を書かないといけないのは重々承知しているのです。

ただ、比較的客観的な中盤までの話に比べて、後半は突然強引になんでもかんでも「これは没落している!」と結びつけまくってて、突然トーンが変わり始めてしまったなと思ってしまう。なんでだ。

例えば、WWDCが盛り上がらなかったとか、ジョブズのような素晴らしいプレゼンターがいなくなったとか。

僕は見ている限りでは、確かにiPadのような大きな変化はないけど、iOS7というジョブズ後の最大の変化は移行率という面でも、デザイン面の改革でも成功だったと思うんですよね。

個人的にiOS7は凄い開発しやすいし(笑)。

あと、ジョブズ後に出てきたグレイグ・フェデリンギさんのWWDCのプレゼンなんてどれも活気と情熱に溢れていて素晴らしく、ジョブズより上手いんじゃないかっていうコメントもちらほら見たし。クックさんも二年目はかなりよくなってた。

もうちょい、社内での雰囲気がどう変わったの詳しい話とか、アップルから他の企業へ移った人数の詳細なデータとか、ああ、確かにこれはヤバいかもっていう新たな知見が欲しかったんだけど、このへんは期待はずれであった。

クックについて詳しい

この本、アップル関連の情報をネットで追ってたり、スティーブジョブズの伝記とか読んでる人は期待ほど新しい話ないけど、新しいCEOティムクックについては結構詳しく書かれてるので、クックさんに興味ある人はオススメ。

それ以外はそこまで必見ってわけでもない。僕はiOS開発してるのもあり、アップルの文化に興味あるのもありなんだかんだいって面白かったけど。

いや、でもアップル関連の本や情報がすでにありすぎるのがよくないのかもしれません。そもそものスクープは著者が本が出る前にネットで書いたわけだし。

アップルが思ったより今後粘るのか、急落するのかは神のみぞしるですが、開発しやすくてビジネスしやすいプラットフォームが栄えてくれるのが一番ですね。

関係ないけど、取引手数料が大幅に下がる可能性のあるビットコインに期待。

沈みゆく帝国 スティーブ・ジョブズ亡きあと、アップルは偉大な企業でいられるのか


芸能人はなぜ干されるのかを読んで、独占と引き抜きとシリコンバレーのエンジニアとかサッカー選手について考えた


芸能人はなぜ干されるのか?

日本では、”なぜ〜なのか”というタイトルがつく本はほぼクソみたいな自己啓発本であるという法則がある。

ただ、たまに例外となる本がありまして、それが木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのかとか、「ジャパン」はなぜ負けるのかとかいう本が当てはまります。

で、この”芸能人はなぜ干されるのか”という本は例外の中に入る凄く面白い本。最近読んだ中でピカイチ。

単にバーニングが芸能界を仕切ってるんだとか、あのアイドルは枕営業させられてるぞとか、陰謀なのか半分想像なのかよくわからない芸能雑誌のまとめ本ではなかった。

“木村政彦〜”の本が昭和からの日本格闘技史を丁寧に書き連ねた本だったら、この本は昭和からの芸能界の歴史を細かく解説している本であった。素晴らしい。

だって、吉本がそもそもどういう成り立ちでできあがったとか、松竹と吉本の昭和時代の話から、引き抜きがどういう力学で発生するかとか凄く楽しい話がいっぱいある。

引き抜きと独占とシリコンバレーのエンジニア

この本の中の主旨ともなっているのが、独占利潤と従業員の自由な転職です。

企業というのは利潤を追求したら結果的に業界独占するところに行き着く。独占して競争を排除すれば、商品は値下げしなくてよくなるし、従業員は安い給料で働かせられる。

サッカー界なんか今でこそレアルにハメスロドリゲスが20代前半でびっくりするような給料で引き抜かれたりするのが当たり前になってるけど、以前のサッカー選手の給料はそこまで高くならない仕組みだった。

ボスマン判決とか紆余曲折あって、選手が有利な立場で所属チームを変えたり、給料の交渉ができるような仕組みが出来上がってサッカー選手がいっぱい稼げる時代になったわけです。

働く個人が自由に契約できる仕組みを守るのが独占禁止法だったりするんだけど、芸能界にいたってはまったくこの仕組みは摘要されていなく、人気者になってもそこまで上がらない給料で休みなくこき使われる毎日が続くらしい。

うーむ、あのきらびやかな世界の裏がこんな搾取が。。といった本です。

高待遇を求めて独立したり所属事務所を変えようとしたら、芸能界全体から仕事が入らないようになるので、芸能人に非常に不利な仕組みがまだ続いてるとか。

ちなみに、シリコンバレーのエンジニアも実はGoogleとかAppleとか大企業同士で引き抜きしない裏協定が交わされてたと最近ニュースで話題にもなってた。

ジョブズがノキアにうちの従業員を引き抜いたらお前らがビジネスできないようにしてやるぞと脅してた過去とか載ってた。

シリコンバレーでも一人のエンジニアが何百億と儲けている会社で違いを出すんだったら、NBAの選手なみの年俸になる可能性も将来ありうるみたいな議論をテククランチでやってたな。

NBAなみになるかはおいておいて、こういうエンジニアの待遇が上がるのに不可欠なのが、独占を禁止した契約が自由にできる環境なわけですね。

ハリウッドはどうなの?

この本の面白いところは、じゃあショービジネスの本場であるハリウッドはどうなのっていうところまで深く掘り下げていたりする。

実はハリウッドでも昔は役者の待遇が悪くて、自由に交渉もできない環境だった過去があったらしい。

でも、労働組合が結成されて、エージェント制度が出来上がり、日本や韓国の芸能界とはまったく違った、役者に有利な交渉がしっかりできる仕組みが出来上がったとか。

独占禁止法、反トラスト法について

僕は経済学とかリバタリアン的な思想も結構好きで、国家が市場に介入するデメリットというのもあったりはするんですが、独占の禁止ってのは考えれば考えるほど深いテーマなんだなとこの本を読んで思った。

いや、特にそんなに深くは考えてないのだけど(笑)。

芸能界がもっと健全な業界になったら、芸能界を目指す一般人がもっと増えて、今よりもっと才能のある役者やら、アイドルやらが増えて視聴者からするとレベルの高いものが見られるようになるとは思う。

そう考えると、日本のIT業界って別にA社からB社に高待遇もとめて移籍しても業界全体から干されるとか、ヤクザに脅されるとかないから健全だな。

長くなるから書かないけれど、この本で詳しい引き抜きの力学とか、どう事務所側がそれを防ぐとかの生々しい話もめちゃ面白い。

芸能人はなぜ干されるのか?


「キュレーションの時代」を読んだ


成毛さんのブログで紹介されてたので、ちょっと前に購入した本「キュレーションの時代」。著者は佐々木さん。途中まで読んで止まってた。

なんか、前半は音楽の話とかビオトーブとかいうよくわからない単語が出てきたりして正直読みながら眠たくなって中断してたのです。

いや、実際はマイナーな音楽家のライブを日本で売り出す話とかも面白かったんだけど。

で、久々にちょっと続きを読んでみた。そしたら、半分すぎたぐらいから本筋のネット上のキュレーションの話が具体的に出てきて、一気に面白くなった。おお、ついにキュレーションの話題が具体的に説明されている。さらに、知ってる話題なのに、分かりやすく説明されていて、頭がくっきり整理される。これはいい!

これはもう、ネットサービスをする人なら必読ですな。自分なんか、毎日TechCrunsh読んでるし、最近はHackerNewsまで購読しちゃった(まったく読んでないけど)、自他ともに認めるそれはもうネットサービス通なわけですね。

よく、はてぶとかで読んだ内容を、あまりネット詳しくない人にしったかしたりする毎日だし。まあ、ネットで読んだ情報をしったかするのは、相手も読んでたら赤っ恥をかくので、ちょっとづつ相手が知ってるか確認しながら話を進めるという高等技術が必要なので、意外と苦労が多い。

ちょっと話が、それた。まあ、何が言いたいかと言うと、ソーシャルとか、最近のネットサービスの動向が分かってると自分で思っている人も、この本はとっても細かく整理されて書かれているので、新たな気付きが得られると思う。

ついでに、基本はネットの話なのに、著者の博識ぶりというか、美術やら音楽やら、芸能やらといろいろな話に飛んで、見事にしったかしてくれるので雑学もつくこと間違いなし。なぜか、シャガールの話とか出てきてた。

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2010年に読んだ本のベスト10


年末はアラートポンの開発に忙しくてできなかったのですが、2010年に読んで、なおかつ2010年発売だった本のランキングを書いてみます。

2009年も130冊ぐらいは読んだと思うのですが、2010年はちょっと本の選別がレベルアップした感じがして、面白い本に出会う確率が高まった気がする今日この頃。万歳。

11月中盤からは本を読む時間がなくなったけど、それまでは趣味で読みまくってたので全部で150冊ぐらいは読んだんじゃないかと思います。途中で読むのを辞めた本もカウントしてるので、こんなに多くなっています。

しかし、2009年は頑張ってブログに書評を書いてたのですが、2010年はツイッターというお手軽自己主張オナニーツールを始めたので、本を読んでもめっきりブログに書くことがなくなりました。ブログを書くのはめんどくさいので、2011年もこの傾向は続きそうです。

でも、本当に面白かった本だけはせっかくだからまとめます。主に、金融、経済、科学、WEB系の本が多いです。

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【書評】アイデア系最強の古典 「アイデアのつくり方」


アイデアのつくり方
40年ぐらい前に書かれた本でめちゃくちゃ薄い本。30ページぐらい。未だにアイデアの考え方の名書と言われているらしい。図書館で借りて読んでみたら、本当によかった。びっくりした。

著者はアメリカの広告業界の伝説的人物らしい。アイデア系だと広告業界の人が本当に多いですな。アイデアを売る職種だから当たり前といっちゃ当たり前なんですが。

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【洋書】The Invisible Gorilla なぜ間違うのか?


The Invisible Gorilla: And Other Ways Our Intuitions Deceive Us

2010年5月に米国で発売。英語の難しさは ★★★☆☆ ぐらい。
専門用語はそれほどでない。

  • 患者の症状が分からない医者を、自信過剰にする仕組み。
  • レイプ被害者が別人を犯人だと確証を持って告発してしまう
  • 脳トレゲームは脳の老化にまったく効果がなかった
  • シミュレーションゲームと仕事の能力は関係がなかった
  • 地図で行き道を訪ねた人が、まったく別人に変っても本人は気づかない。
  • 最初の直感は正しいのウソホント

本書は様々なヒューマンエラーを扱っています。認知科学の分野を分かりやすく書いた本として評判らしい。クーリエジャポンで紹介されたのでさっそく読んでみると、やっぱり面白かった。そのうち日本語訳も出そうな予感。

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「ザ・クオンツ」はブラックスワン並の傑作


ザ・クオンツ  世界経済を破壊した天才たち
クーリエジャポンで紹介されていたので、とりあえず期待して読んでみた。結果は、期待値はそれなりに高かったのに想像以上の傑作でした。ブラックスワン並というのはちょっといいすぎかもしれないけど、ブラックスワンの続編みたいに楽しめる。タレブも登場するし。

市場は効率的か?

「ウォール街のランダムウォーカー」という株式投資の古典的名書があります。それには、株式市場は効率的なので、成功している投資家は運の要素が強く、市場に実力で勝つというのは幻想だという基本的な考えがあります。

僕は7年前ぐらいにこの本を読んで、株式投資とか自分には無理だなと諦めてINDEX投信をドルコストで積み立てするという手堅い戦略をやっていたわけです。

市場効率仮説の考え方は簡単で、「道端に千円札が落ちていれば誰かがすでに拾っている。だから、道端に落ちている千円札を探す行為は時間のムダ。市場は効率的なので儲けるやり方が見つかっても、すぐにみんなが真似して必勝法はなくなる。」という考え方。

ただ、ウォーレンバフェットとかは「市場が本当に効率的なら俺はそこらへんでバイトするよ」みたいな考え方していたりする。この本に出てくるとびきり頭がよくて、高度な金融工学を駆使して年に数十億円を稼ぎ出すクオンツ達も市場の穴を見つけ出し実際に一儲けする。(暴落でそれらのお金を吹き飛ばすけど)

市場が効率であるなら、非効率を修正する存在が必要

市場効率仮説にはひとつの矛盾がある。それは、市場が効率であるなら、市場の効率性を促す役目を担うものが不可欠だということ。つまり、落ちた千円札を拾う人物がいなければ市場は効率的に動かないということです。

この市場の穴を高度な数学を駆使したシステムトレードで素早く見つけ出し、アービトラージやブラックショールズモデルなど、いろいろなさや取りで莫大な資産を築き上げるのがクオンツ達です。

簡単に言うとマネーゲームなんですけど、金融市場に流動性を持たせるという意味ではよいことをしているとも言えなくもないわけです。右から左にお金が素早く回るのを手助けするのは活発で効率的な市場を作るのには貢献する。

ただ、あまりにもトレーダー達がリスクを取りすぎ、それがエスカレートして市場が暴落した時、ダメージが世界的に飛び火してしまうというリスクがあったと。

ブラックジャック必勝法を編み出したソープも登場

本書では、クオンツ達の奇想天外な性格もさることながら、クオンツ手法の土台を気づいたエド・ソープのエピソードもたくさんあって本当に面白い。エド・ソープといえばブラックジャック必勝法のカードカウンティングを編み出した数学者。これは「天才数学者はこう賭ける」というパウンドストーン先生の傑作本で詳しい。

このエド・ソープという数学者は本当に金儲けが大好きらしく、ラスベガスの必勝法を数学的に編み出したり、株式市場の必勝法を研究したりと、学者的な研究もやりつつ金儲けに直結することばかりやる愉快なお人です。

そして、現代の金融危機を生み出したクオンツ達のトレーディング手法の土台を作ったのもエド・ソープであることがこの本で詳しく書かれている。しかし、当のソープ自身は、株式市場は人間が関係して予測不可能な出来事が常に起こると確信していた。だから、金融崩壊前にも警告をしていたし、自身もしっかり身を引いていたのが凄い。

中盤、絶好調のクオンツ達を攻撃するタレブ登場

この本の中盤には、「ブラックスワン」で一躍世界的に有名になったタレブも登場する。タレブは統計的にありえないだろうと思われている金融崩壊が、実際は統計学者が思うより頻繁に起こるであろうと予測し、マーケットの崩壊に賭ける投資家です。今回の金融危機で大もうけした一人。

タレブは絶好調のクオンツ達にたいし、「君たちはリスクを取っているのだから、いずれ大損する時が必ず来る」と警告していた。タレブのブラックスワン理論を使ったファンドは現在、金融危機に政府が救済措置をしてハイパーインフレが起こる可能性にお金を賭けているのだとか。

元FRB議長グリーンスパンの敗北宣言が本書の最大の山場

グリーンスパンといえば、市場効率仮説の信奉者で根っからのリバタリアン。これは「波乱の時代」を読めばよく分かる。アダムスミスの神の見えざる手の信奉者です。この人の信念は簡単で、市場は効率的だから、できる限り規制緩和すればマーケットは上手くいくという考え方。

この考え方は最初はすんなり受け入れがたいものだけど、経済学を学べば政府の規制がいかにイノベーションや市場を阻害するかよくわかるので、基礎的な経済学の意味では主流なわけです。

そんな市場効率仮説の信奉者のグリーンスパンが、今回の金融危機の後、生まれて初めて市場を野放しにしすぎると失敗するということを、うなだれながらも認めたわけです。ここが本当に凄いところ。小さいころからFRB議長という世界トップの金融のドンになるまで、ずっと信じてきた自分の信念の間違いを公に認めたことになる。

実際どうしたらいいんだろうか

専門家の意見によると、金融崩壊を防ぐのは不可能だからリカバリーをどうするかを考えるしかないらしい。実際、歴史的に金融危機は何回も起こっているけど、金融危機から回復するスピードは速くなっている。

この本の最後でも、金融危機後にまたクオンツが新たな手法で市場で儲けようとしているところが紹介されていた。とにかく人間はお金儲けしたがるので、もっと凄い金融危機がまた起こるかも。一般ピーポーにできることは、そういうもんだと考えておくのが精神安定上よいかもしれない。

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「バイラル・ループ」は読まないと損する


バイラル(口コミ)をいかに発生させる仕組みを作るかという本。バズマーケティング自体はそう目新しいものではないので、そんなに期待せずに読んでみたら予想以上によかった。

バイラルを利用して成功したサービスを解説している

本書では、最近成功したWEBサービスがいかに口コミを発生させたかの事例が数多く載っている。facebook、HotorNot、Paypal、など有名なものからあまり日本では知られてないイギリスのSNSの事例など。

読み進めていくと、近年成功したWEBサービスほぼ全てがバイラルを発生させる要素を含んでいることが分かる。

例えば、Twitterでfollowする人を薦めてくる機能もそうだし、Twitterというサービス自体、ユーザーが友人に利用を勧める強いインセンティブを持っている。最近では、ユーザーが自ら参加者を集めるインセンティブを持っているグルーポンもよい例。

バイラルを発生させる秘訣が書かれているわけではない

バイラル係数とか小難しい単語を使用しているけど、この単語自体に大きな意味はない。バイラルを発生させる秘密が書かれているわけでもない。単純に、バイラルを利用して成功したWEBサービスの事例を数多く解説している本。

ただ、成功事例を読んでいるだけなのに、自分がサービスの設計とかを考えている立場だといろいろなアイデアが出てくる。

例えば、ユーザーが一人で満足するようなサービスよりも、周りに勧めてユーザーが増えると自分にも利益が出るシステム設計を強く意識できるようになった。よいサービスを作ればユーザーは周りに勧めたくなるものだけど、それだけでは評判が広まるスピードが遅い。

いかに、ユーザーが周りを巻き込むインセンティブを作り出すかという仕掛け作りが大切になる。本書では単純に成功事例や、様々な仕掛けを解説しているだけだけど、それでも最先端のマーケティング手法のヒントがたくさんあって面白い。

コミュニティ機能がなくてもバイラルは可能

この本を読むまでは、WEBサービスにはコミュニティ機能が重要だと思っていて、それと口コミマーケティングは同種のものみたいに考えていた。両者は密接に関わっているけれど、それぞれ分けて考えたほうがよいと思う。

たとえば、ペイパルはコミュニティ機能が強いサービスではない。けど、周りが使うと自分も便利になるというバイラル要素を持っている。このへんを本書を読むまでごっちゃにしていたので、上手いこと整理できてよかった。

ロングテール、フリーと同じぐらい重要

サービスを設計する人が役に立つ本として、ロングテールやフリーと同じぐらい必須の本だと思う。どの本も内容を一言で説明してしまうと至極単純だけど、様々な事例を読み進めていくうちに頭の中が整理されていく。そういう意味で3冊とも凄く似ている。

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「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」は期待外れだった!


著者の橘玲が書いた「不道徳教育」というリバタリアン入門本は、自分が自由主義思想に目覚めるきっかけになったし、「マネーロンダリング入門」も名作だった。前作の「貧乏はお金持ち」では、いかに賢く節税して国からの援助を搾取するかという指南書でこれもよかった。

なので、今作も相当期待して読み始めたんだけど、自分の期待がでかすぎたのか期待外れの本でした!

■本書のテーマは「やってもできない」

最初の自己啓発ブームの考察は面白い。勝間本は「やればできる!」と煽るけど、人は変われないし、そもそもの能力は遺伝的にほぼ決定しているというのが著者の主張。勝間ブームに意をとなえた香山氏との対決の考察はそれなりに面白い。

自己啓発なんて読んでも大抵の人には意味ないっていうのはその通りだし、それを踏まえてどうすれば残酷な市場社会で生きていくかというテーマはそそられる。

でも、人の能力が遺伝的に決定しているという主張の科学的根拠の事例が結構浅い。この考えには科学者の間でもよく対立するトピックで、素質はどの程度まで遺伝するかというのは科学者によって意見はまちまち。

ここは「黒人はなぜ足が速いのか」とか、「非才」とかそっち系の本のほうが、様々な科学者の主張や反論が載っていて面白い。

■途中から普通の市場原理の説明になる

日本独自の自己啓発ブームに対する考察、それでも人間は変われないという前提のお話は結構面白い。さらに、好きを仕事にしても好きを十分なお金儲けにできる人は一部という説明が続く。

ただ、このへんの説明はいろいろな経済書とか、グローバル化社会を論じた本でもよく書かれている、マグレブ型社会とか、オークションの経済学とか、そっちの話なので特に目新しいことがない。

問題は、本書のキモの「自己啓発しても人は変われない。そして、好きを仕事にしてもお金持ちには普通はなれない。じゃあどうすればよいか?」という部分。

このトピックで煽っておいて、幸せは相対的なものだから、お金持ちより自分の好きなニッチコミュニティに認められることを目指し、ロングテールを狙って好きからそこそこの収益を得ようっていうだけの話だった。

まあ、結論はそれしかないよねって話で別によいのですが、それに繋げる市場原理の話とか、フリーミアムの話とか、オープンソースビジネスの話とかがどうも全部知っている事ばかりで目新しさがなかった。

■同じ系統の本を読みすぎると発見がない

たまたまそういう本が好きだから、こういう分野の本ではもう目新しい発見がないのかもしれない。なんというか、行動経済学の本を最初読んだ時は凄い感動したけど、3,4冊目になると同じことが多くなってきて楽しめなくなるといった感じに似ている。

やっぱり、最新の科学書とか、最近起こった出来事を詳細に追った本のほうが面白いかも。そういう意味で「地球最後の日のための種子」、「世紀の空売り」、「facebook」、「facebook effect」(洋書)、とかは最新の時事ストーリーですごく楽しめる。

ちょっと話が飛ぶけど、「会社は誰のものか?」っていう普遍的なテーマでは久保先生の「コーポレートガバナンス」が一番最先端の研究事例も載ってて、冷静で客観的な統計分析に終始してまったく感情論が出なくて面白い。

ちなみに、本のタイトルにリンクを貼るのがめんどくさいのでそのままですが、文章を書きながら本のリンクを連動して自動挿入できるサービスを作りたい。

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世紀の空売り

金融危機を予測して大もうけしたトレーダー達の話。デビュー作のライアーズポーカーは金融業界の実情を、実際に優秀なトレーダーだった著者が赤裸々に語る本だった。今回の本は現代版「ライアーズポーカー」といったところ。本当に面白い。

ルイスの本は、「ブラインド・サイド」、「ニューニューシング」なども傑作だけど、やっぱり金融業界の事を書かせれば元本職だけあって凄い。

■変人ばっかの登場人物

この本に出てくる人達は変人ばっかり。幼い頃から義眼でひたすら内向的な性格の人とか、人の神経を逆なでするのが趣味みたいな人とか。そのどれもが、サブプライム関連の金融商品が暴落するのを予想し、自分は間違っていないという信念をつらぬいて売り抜ける。

■暴落するのがわかっても、それで儲けるのは難しい

例えば、サブプライム関連商品の詐欺具合とか、こんな事を続けてたらいつか崩壊するのがわかったとしても、それを利用して儲けるのは意外と難しい。まず、いつ崩壊するかのタイミングは分からない。

それまで、空売りするということは簡単に言うとその日がくるまで損をし続ける金融商品を持ち続けないといけない。精神的にもつらいし、なにより豊富な資金力が必要。ヘッジファンドを運営してるなら顧客へのプレッシャーもある。

顧客は儲かっている時はなにも言ってこないけど、損失を出している時はマネージャーへの圧力が凄い。本書の主人公の一人も、サブプライム関連商品が暴落するのを信じて空売りしてたけど、途中で顧客から訴訟まで起こされそうになったりしている。

■サブプライム関連商品の空売りも思ったより難しい

CDSという金融商品を利用して主人公達はサブプライム関連商品を空売りしたわけですが、これが当初はなかなか取得できない。まず、市場が崩壊した時に生き残ってそうな大会社じゃないと空売りしても意味ない。

そうなると、ゴールドマンサックスとか大手銀行から買うしかないわけだけど、大口顧客じゃないとなかなか相手してくれない。いかにCDS関連商品を手に入れるかという駆け引きも面白い。

■市場は効率的ではないかもしれない

株式投資の教科書「ウォール街のランダムウォーカー」では株式市場は効率的だから儲けようとしてもムダだと書いてある。ただ、今回の話は債券市場。債券市場は株式市場より規制が緩く、詐欺同然のサブプライム関連商品が普通に売られ続けて、株式市場より世間の監視もなかった。

この結果、本書の主人公達は大もうけすることができたんだけど、人間が作るものに完璧なものはないっていう証明かもしれない。自分は株式投資も債券投資もやる知識もないし、やる気もさらさらないけれど、いつの世の中も抜け道というものはあるもんだなとしみじみと思った。