アップルとリーンスタートアップ


アップルの経営手法を元幹部からの聞き込みを元に分析したインサイド・アップルを読んだ。

社員を特定の仕事に集中させる方式とか、いかに社内政治の発生を抑えるかなど、アップル独特のやり方を細かく分析していて最高に面白い。

でも、自分としてはリーンスタートアップと、アップルの製品開発のプロセスについていろいろ考えたりしてきたので、その部分に絞って書きたい。

主に、”顧客インタビューしない部分”と、”製品を秘密にする”という2つについて。

なぜ顧客インタビューしなくてもいいのか

ちなみにリーンスタートアップは、時間とコストをかけて顧客が望まないムダな製品を作らないようにする手法です。製品を開発する前からターゲット顧客にインタビューする。そして、自分が作ろうとするものに価値を見出す人がいるかの見込みを確認しながら小さく製品を作っていく。

この開発手法を去年の夏頃に勉強し始めた時は、これはいいやり方だなと感銘を受けたのたものであります。実際にいろいろと試して取り入れている部分が多いにあるし。

しかし、アップルは「顧客調査をやるとつまらないものが出来うんだよ!」といって調査を一切やらない。

「人々に欲しいものを聞いていたら速く走る馬を作ってたね」と、フォードが言ったか言ってないか分からない言葉がこの理屈を語る時によく引用される。アップルの開発プロセスは、リーンスタートアップの話を聞いた人が最初に思い浮かべる反証な訳です。

もちろん、UXとかリーンスタートアップを専門とするジャニスさんやらエリックさんやらは、「アップルだって社内で小さく試作品を試しているはずだ。」とか、「顧客に欲しいものを聞くのは間違いで、観察して顧客が欲しがるものを起業家はイメージするのが大切だ」と言っている。

正直、リーンスタートアップを世界中に広めている最中のエリック・リースは、「ウゼエな、アップルの話はすんなよ。」とでも思っていないだろうか。

しかし、リーンスタートアップの定番である「製品を作る前にターゲット顧客となりそうな人、10人以上はインタビューする」という事をアップルはしない。もちろんプロトタイプを作って改善していくというのは、社内で特別な扱いを受けているデザインチームがやっているけれど。

なんで試作品を作る前に顧客ニーズを確認しないでiphoneやらiPadが出来たかというと、ジョブズが欲しいものを作るという判断基準があったからだと思ってた。本を読むとまさにその通りの事が書いてる。

しかも、社内政治に気を散らされないで自分の業務に集中できるように、他の部署が何をやっているかはお互いにまったくわからないらしい。となると、Googleみたいにまず社内の人間が試作品を使って、社内規模で可能な限りフィードバックもらう事もしにくい。これはちょっと驚きだった。

ジョブズ指揮下のプロダクトは、ジョブズが気にいるかどうかが重要事項で、細部まで文句をつけられる。ちなみに、37signalsやEvernoteの社長も、自分が欲しいものを作るのが一番簡単なプロダクトの作り方だと言っている。

この”本人が本当に欲しいもの”というのがとても重要で、「俺もあったら欲しいと思うし、みんなも欲しがるだろう」っていう中途半端な欲求だと、なんかズレたものができるのだと思う。具体的には、代替手段もちゃんと試していて、既存製品のどこが問題かをはっきりと認識して、不満を持っているぐらいじゃないときつい。

まあ、普通自分が欲しい物基準で作るとBtoCになって、ビジネスモデルが難しく、あまり儲からないってのがつらいとこですが。そういう意味で、BtoB向け製品で、その分野の深い知識と問題点を理解してる人は有利だと思う。

ぶっちゃけ、自分が本当に深刻に思っている問題を解決する製品を作ろうとしているのなら、最初のインタビューはすっ飛ばしてもよいはずだ。RunningLeanでもそう書いてる。

下手にいろんな意見を聞いて、自分があまり欲しくはないなと思う機能を付け足してごちゃごちゃするよりも、最初は自分が本当に必要な最低限の機能のみ作るのがいい。Lisgoも最初は大多数の人が使えそうなUIを作って失敗してた。

アップルではジョブズがいろんな機能のアイデアにNOを言いまくって、製品がシンプルになっていくらしい。

ただ、自分が欲しいものを作っていて、ユーザの問題も、問題が解決したかも判断できるからといって、ユーザの意見を聞かないでもOKよってわけではないとは思う。

このへんアップルがどうだかわからないけど、僕の場合はユーザの要望やら意見を聞いてるだけで、「こういう視点があったか」とか、「この機能に気づかないのか」とか、「やっぱり自分と同じ考えの人がいたのね」と、素晴らしくタメになる。

ただ、最終的にどういう形に落とし込むかといった最終判断は、ワガママに自分が使うかどうかで決めている。自分が直接必要じゃなくても、明らかに大多数の人が必要だろうと思う機能のみつけたり。LisgoだったらBluetooth対応とか。

そういえば、Instapaperの作者もPodcastで言ってたけど、そういう作り方をしてるらしい。よいと思った新機能も、しばらく自分が使ってみて、使わないなと思ったら切り捨てるらしい。

製品が完成するまで秘密にする理由

アップルが市場調査をしないのは知っていたけど、製品が完成するまで秘密にする理由が面白かった。

まあ、考えても見て欲しいのです。リーンスタートアップの教えに従うと、出来る限り最初からユーザと対話して、どういう製品を作るかを顧客と接しながら改善を繰り返す。

となると、製品の詳細についてはオープンにならざるをえない。だって、顧客インタビューしたり、顧客にこちら側が考えた問題の解決手段がいいと思うか反応を聞いたりするわけだから。下手したら、製品出来上がる前にお金をもらう約束までする。

誰もお金を払いたがらない無駄な製品を作るリスクを減らすんだ!というのがリーンのテーマであり、「なるほど、こりゃいいね!」と僕も思っていたのですが、アップルはすごい秘密主義で正反対なんですよ。

なんでも、製品が秘密のベールに包まれていたほうが人々の期待が高まってよいと。まあ、これは分かる。でも、僕みたいな元々だれも注目してない状態なら関係ない事だ。

それより重要だったのは、「製品が出来る前に作るものを発表すると、ユーザの期待が勝手に高まり、それを上回るのが難しくなる。それよりも、素晴らしい物が出来てから一気に発表したほうがユーザに驚きと喜びを持って迎えられる。」という部分。

むむ。。これを今までの自分の製品開発プロセスに当てはめてみると、「こんな機能もつける。これにも対応する予定だ。ああ、その機能も付ける予定だよ。待っててね。」みたいな感じで話してた気がするぞ。やってしまったーーー。

そもそも、予定通りにスケジュールが進むわけないから、ユーザの期待値を無駄にあげてしまう愚かな行為だったかもしれない。ユーザの意見を聞く努力はサボらないようにするけど、要望があっても簡単に約束しない事にしよう。

このへんは、37Signalsのブログでも言ってた。「ユーザに約束するな」と。

ユーザから明らかに構想予定の機能を要求された時も、「ああ、その機能ね、もちろん付けるよ。すぐだよ!」みたいな返事は頭の中だけに閉まっておく。

「なるほど、検討しときますね。」といった感じに常に冷静に返事しつつ、機能が出来てから「ついにできました!」といきなり発表というツンデレ方式でいこうと思います。

というわけで、Lisgoの日本語対応は未定という事でお願いいたします。

参考図書 *アップルインサイド