スポーツ選手とか、実業家の成功はどの程度が生まれ持った才能で、どの程度までが本人の努力だっていうのは個々人で意見が大きく分かれるところです。この本は、「才能の部分なんて一切ない」という、ある意味極端な論点にたった本。
似たような本で、グッドウェルの「天才」がありますが、「非才」のほうが断然面白いです。「天才」のほうはパラパラ読んで途中で読むのを止めてしまった。何が違うかというと、「非才」は細かい部分までの科学的な説明が多い。ちなみに、「その数学が戦略を決める」とか、面白い本ばっかり訳している山形さんの翻訳。
■相当量の練習で培ったパターン認識が重要
とにかく反復を繰り返すことによって、無意識にできるようになるのが重要らしい。脳みそを二階層に分けて、最初の階層を無意識のパターン認識で処理して、二階層目を実際に考えるようになるという説明が面白い。
例えば、史上最高のテニス選手と言われるフェデラーは反射神経が並外れていると考えるのが普通。でも、卓球の勝負になると、凡人程度の反射神経しか記録できなかったらしい。
なんでかというと、テニスの熟練者は相手の手や肩や肘の動き、体全体の動きなどからどこにサーブが飛んでくるかを認識する。つまり、様々なテニス特有の状況でのパターン認識の膨大な積み重ねと、自分の体が無意識に反応するまでの練習量が違いを分けるとか。
これは数学でも芸術分野でも一緒で、一見生まれ持ったセンスから産み出たようなものが、実は膨大な量の練習の結びつきで出来上がるというのをなかなかの説得力で展開されます。もちろん、質の高い練習の重要性も書かれている。
■では、なぜ100メートル走の上位入賞者は黒人ばかりなのか?
最高の環境で相当の練習を達成しても、ジャマイカ人に日本人が勝てるのは想像できない。このへんに対する著者の主張はやっぱりちょっと弱い。「黒人はなぜ足がはやいのか?」によると、黒人でも足の速いのは西アフリカに先祖を持つ人達で、特にジャマイカ人は足の速い遺伝子を持つ割合が多いと書かれていた。
この「非才」という本は、そのへんの事情も細かく書いているのがすごいのだけど、そもそもスポーツの成績における人種間の優劣は時代によってよく変わるという点を指摘していた。ジャマイカでは短距離走で成功するための土壌、インセンティブが他の国に比べて著しく高いという部分も書かれている。
また、長距離で東アフリカ系の選手が優秀なのは、遺伝子よりも高度の高い山々で、長距離を走って通学しなければいけない環境の大きさを主張している。
■なかなか元気づけられる本ではあります
才能だよと片付けられる部分を科学的に反論していて説得力がある本書。とは言っても、身長や容姿など、明らかに親の遺伝子を受け継ぎそうな事柄を考えると、すべてが努力で解消できるとはなかなか思えない。
でも、今まで才能3割、正しい努力7割ぐらいかなあと思っていたのが、才能1割、正しい努力9割ぐらいだろうかと考えが補正される本。なんというか、やる気が出る本でした。
ちなみに、類書の「天才」はたいして面白くない。「黒人はなぜ足が速いのか」もちょっと専門的な話が多すぎてつまらない。卓球選手としても一流だった作者の実体験もあり、「非才」が圧倒的にオススメ。