【書評】銃・病原菌・鉄


拷問読書 拷問読書今週のノルマ5,6冊目。累計43、44冊目。「なぜ世界に格差が出来たのか?」という究極の疑問を環境の違いという主題を元に科学的に解明するめちゃくちゃ面白い本。著者は医学部教授で進化生物学などが専門。

歴史学に定量分析という手法を使い、人類の格差が生じた原因を食糧生産環境、気候、移住環境、家畜の存在などあらゆる要因を紐解いてドンドンと解明していきます。歴史の知識が浅い自分でもすっかり引き込まれてしまった。

●豊かな国と貧困国との違いは人種間の優劣ではなかった

この本の主題はこれです。人種差別は公には否定されていますが、ほとんどの西洋人は文明の優劣を人種間の優劣と考えているらしい。本書ではその考えを真っ向から否定し、究極的には環境の違いに説明を求めている。

環境の違いというと簡単だけど、それは病原菌や移住環境、食料など様々な要因からなります。例えば、知識の伝達が困難な場所で生活してきた人々は文明を発達させられなかった。食物栽培に適した土地を持たない人々は狩猟生活が合理的な選択となり、文明を発達させる時間的余裕をもてなかったなどなど。

宇宙船を飛ばすほど科学が発達した国がある一方で、現在も狩猟生活を続ける部族があるのはなぜか。この単純な疑問を、人類誕生のスタートラインから突き詰めていくスケールのでかさに本書の凄さがあります。



●必要は発明の母ではなく、発明が必要の母だった

本書の下巻に書かれている内容で一番印象に残ったところ。一般には何か問題があった時、それを解決するために発明が生まれるとよく言われています。しかし、本書では技術が発明された後にその技術の使われ方が考えられると書かれている。

「実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作り出そうとして生み出されたわけではない。発明をどのように応用するかは、発明がなされたあとに考え出されている。」

例えば、エジソンの蓄音機は商業的価値がないと当初エジソン自身が言っていた。その後、他の人が録音再生装置として改良したものを作りだした。音楽の録音再生に蓄音機の主要な用途があるとエジソンがしぶしぶ認めたのは発明から20年たってから。

自動車も当初は使用用途が明確ではなく、重くてでかい内熱機関は馬という輸送機関に対抗できるものではなかった。それがのちのち改良され、発明から約20年後に自転車に内熱機関を取り付けオートバイが作られ、最初のトラックができたのは内熱機関の発明から約30年後。

ここを読んでいて思ったのは、必ずしも問題を解決するためにアイデアが生まれるわけではないのだなということ。何か便利なものや面白いアイデアができれば用途を限定せず、違う視点を持って新しい使い方を考え出すのが重要なんだなと妙に納得できたパートです。

●天才の出現は先駆者の力によるもの

発明の話から天才の出現に話が続きます。文明の発達は非凡な天才の出現が大きいのではないかという考えを真っ向から否定していきます。

「たとえばわれわれは、ジェイムズ・ワットはやかんから立ち上る湯気にヒントを得て蒸気機関を発明したと聞かされている。しかし、これは作り話であり、ワットが発明を思いついたのは、トーマス・ニューカメンが発明したニューカメン型蒸気機関を修理していた時である。」

天才の発明はどれも似たりよったりの由来があり、ある人がある人の発明を改良し、またある人がそれを改良していくという歴史があるようです。ようは、パクリが発明の母ということになります。これは音楽界でもいえることだし、あらゆる分野が模倣と改良の歴史によって先進的なものが作りだされてきたと言えますな。

本書では発明のもととなる知識の集約が起こった環境を追求し、どういった要因が発明を促すことになったかを解き明かしていっています。

●多様性の重要性

文明の発達における多様性の重要性というものを歴史的事実を元に説明されています。例えばコロンブスの航海。これはヨーロッパの多様性が生んだものであり、中国はその分野でどうして遅れたかの説明が面白い。

コロンブスは大航海のための資金提供を多数の国の王に頼むことができた。それは、ヨーロッパには多数の国があったからであり、1つの国に断られても他の国に頼むことを可能にした。ところが、当時の中国では国が統一されていて、1人の王に断られるとその時点で可能性は閉ざされてしまった。

ヨーロッパも中国も知識の伝達が可能な土地であり、文明が発達してきた。しかし、ヨーロッパは知識の伝達が可能だが、異なる国々を作りだす山脈などの障壁があった。一方の中国では知識の伝達が可能である環境には恵まれたが、ヨーロッパのように多様な国が生まれるほどの環境的な障害がなく、国が統一されたことによって多様性が生まれなかった。

「このように比較していくと、技術の発達は、地理的な結びつきからプラスの影響とマイナスの影響を受けたことがわかる。その結果、時間的に長い尺度で評価した場合、技術は、地理的な結びつきが強すぎたところでもなく、弱すぎたところでもなく、中程度のところでもっとも進化のスピードが速かったと思われる。」

このヨーロッパと中国の比較は、知識を共有しながらも多様性を維持する大切さがよくわかる内容でした。歴史の中で個人のもたらす影響は世間で思われているほど大きくなく、その個人を作り出した環境の重要性というものが強調されています。

●まとめ

面白い本というのは、まったく新しい視野を提供してくれるものだと最近は思ってきました。その意味でこの本は抜群に面白く、なおかつ歴史の勉強にもなります。もちろん著者の仮説を検証している本なので、本書の内容が正しいという確証はありません。

この「銃・病原菌・鉄」は、何気なく考えていた人種間の生物学的差異というものに対して違う視点を提供してくれる本。個人的には下巻の面白さが半端なかったです。