【書評】八月の砲声


拷問読書 拷問読書

今週1,2冊目。累計68,69冊目。第一次世界大戦の始まりを描く大書。1963年ピューリッツァー賞受賞。面白い映画や本というのはたいていもう一度読みたくなります。特に内容が難しかった場合はすぐに最初から確認したくなる。映画ではエターナルサンシャインとかメメントで、小説では坂の上の雲。

その中でも特にこの本は読み終わった直後に最初から読み返したくなりました。面白いというのはもちろんだけど、内容が複雑で難しく、一度読んだだけではなかなか理解しがたい。歴史の細かい事例をネットで調べながら読むのに最適。

本書では予定通りに物事が進まないというありふれた出来事が、世界大戦というスケールで書かれています。戦争を早く終わらせようと思いながらも、膨大なお金や資源を投入してしまい完全に後には引けなくなる各国の首脳陣。ケネディ大統領は、この本を側近達全員に読ませてキューバ危機を乗り切ったらしい。

●戦争の残虐性

本書では、ベルギーに侵攻したドイツ軍の残虐性がかなりクローズアップされています。フランスに攻め入るためには、ベルギーを通過しなければならない。ドイツ軍に残虐行為を行う口実を与えないため、ベルギーの町では武器となるものをすべて渡し出す。

それでもテロ行為の指示をしたという口実でベルギーの司祭を見せしめで殺し、村人を人質にとってテロが発生しだい殺すということもします。ベルギー人も一般人のふりをして、ドイツ兵を家の中から狙撃したりとゲリラ戦で抵抗する。結果的にベルギーの村という村は焼き尽くされ、一般市民がみせしめにどんどん処刑されていきます。

こういった行為は戦争という極限状態ではよくあることらしいですが、当時の模様を淡々と描かれる本を真剣に読んだのは初めてでした。テロ行為や報復を恐れて住民を皆殺しにするのだと心理が、戦争中にはどんどん広がるものらしい。

この反省を生かし、時代が進むにつれて戦争時の残虐行為に厳しい処罰を科すようになる国は増えていくのですが、今でも似たような状況で残虐行為は行われることが多いはず。

戦争を経験したことがないので、完全な妄想で状況を考えてみます。

例えば、日本と北朝鮮が戦争するとする。北朝鮮の人々はみな日本に対して敵意をむき出しの感情を持っている。5人で行動していた時に8人の不振な動きをしていた北朝鮮人市民を拘束した。全員を監視仕切れないし、突然市民が豹変していつ襲われるかは分からない。

こうなると、やられるかもという恐怖と集団心理が働いて、ごく普通の人でも残虐行為に走ってしまうのかなあと思っています。さらに、その状況で一人反対意見をとなえると、密告される恐れから仲間内のリンチを受ける可能性もある。

こういった恐ろしい極限状態を作り出す戦争がどのような課程で広がっていくか。それを時系列で細かく描かれています。

●本書は大戦初期の1ヶ月の話

上下巻合わせて1000ページ近いのに、第一次世界大戦の初期の模様しか描かれていません。それだけ最初の1ヶ月が重要だという著者の認識なのかは分かりませんが、短い期間に起こった事柄を濃密に書いています。面白いのは戦争にかかわった様々な視点から描かれていること。同盟を結んだり、歴史的にも仲の良かったアメリカとイギリスの関係などもありますが、基本的にどの国も自国のことしか考えていません。

イギリスはフランスとドイツのどちらの味方につくかを迷い、先にベルギーに侵攻した国を敵とみなす方針を打ち出す。ドイツは、フランスへ素早く攻め入るためにベルギーへの協力をあおぐ。この本ではあまりにたくさんの登場人物や地名が出てくるので、途中で誰が誰だか混乱するぐらいです。

特に面白いのがドイツ軍に押され、パリを離れるかどうかを検討しているフランス政府首脳陣の話。その時点でフランス国民は、自国がそこまでドイツに押されているとは感じていない。政府首脳陣がパリから逃げ出すとなると、国民に大きな動揺が生じる。でも、このままではドイツ軍が侵攻してきて、フランスの閣僚達の身が危険になる。

同盟国のイギリスも、自分たちの血は出来るだけ流したくないのであまりやる気がない。フランスの指揮官は、なんとかマルヌ会戦にイギリス軍の参加を取り付けるため必死の演説をします。様子を見ていたアメリカもドイツの残虐性を無視できなくなり、参戦に傾いていく。

短期決戦で終わるはずだった戦争が各国の誤算でどんどん泥沼に陥っていきます。本書の見所は、どの国も自国に有利になるように考えながら慎重に行動しつつも、実際に戦争が起こると数々の誤算が嵐のように押し寄せてくるところ。

綿密な予定を立ててもそう上手くは行かないのが世の常だとは思うのですが、世界大戦というスケールで起こった史実は、どんな失敗のエピソードよりもスケール感が違います。