人間は必ずしも合理的な行動をするわけではない。その時々の状況に応じた心理であるアニマルスピリット、この存在が経済を分析するうえでとても重要になってくるという本。行動経済学の視点から、それをどのように経済政策に当てはめるべきかという観点まで進めている。そのため、「予想通り不合理」などの行動経済学の導入本よりも一歩進んだ内容となっています。
読み始めて思ったのが、思ったより内容が難しいということ。自分は数学がからっきしだめなので、数式がズラズラと出てくる経済本はまず読まない。もちろんこの本にも数式は出てこないのですが、書かれている内容がちょっと予想より難しかった。少なくとも、「予想通り不合理」や「人は意外に合理的」のような読みやすさはない。
とはいっても、この本はかなりいい。今まで自分が持っていた経済に対する考え方を変えさせられてしまいました。「ふむふむ、そうですよね」っていう本は結構あるけれど、「うーむ、ちょっと今までの考え方は間違ってたかも」っていう本に巡り会う機会はなかなかない。そういう意味ですごくいい本でした。
まず、自分は「不道徳教育」や「ハイエク」に影響されて以来、市場原理にできるだけ任せる政策が一番よいと思ってきたわけです。大きな政府より小さな政府で、できるだけ政府の介入を少なくすればもっとも効率よく世の中が動いていくだろうっていう考え方です。簡単な例でいうと、解雇規制や最低賃金などの規制をなくし、雇いやすく、雇われやすく、辞めやすいシステムになるほど人材の流動性が上がり、それぞれにもっとも適した職場にたどり着ける確率が上がるだろうっていう考えかたです。
こうなると、どこまで政府が介入するかの線引きが難しくなってきて、究極的にはすべて民営化で採算のとれない地方はガンガン切り捨てることになる。極端な話、生まれたところで人間を差別するのも変だし、規制を取っ払うのであれば移民も完全に受け入れようって話しにもなる。
このように、規制をなくして市場原理に任せるほうがいいのだけど、どこまで政府が介入すれば一番いいのかはよくわからないと自分では思っている。経済学者の間でもここが一番意見の分かれるところなんだと思います。
さて、この本のおもしろいのは、こういった「規制のない自由市場を作り出し、市場原理に可能な限り任せるべきだ」という考えに対して、「人間はしばしば不合理に動くから政府が市場に介入しなければいけない」といったことを書いているところです。格差社会になるからとか、弱者を切り捨てることになるといったよくある理屈で完全自由市場に反対しているわけではないのが自分にとって新しかった。
つまり、人間は不合理な生き物だから、規制の少ない自由市場であっても、経済学者の思うような均衡状態にならない場合があると主張しています。自由市場に変更して成功したポーランドの例や、市場が大きすぎてこれまでの慣習などの原因から失敗したロシアの例など、実際に市場原理が失敗した例も書かれていておもしろい。
特におもしろいのが、「なぜ失業者が出るのか?」という項目。経済学的に見れば、雇ってもらえないならば賃金を落とせば両者の均衡が保たれるといった単純なお話らしい。だけど、雇い主側は従業員が他の会社に簡単に行かないように、実際の能力より高い給与を支払うインセンティブが生じているのだとか。この上澄みが不均衡を生み出し、人材の流動化への壁となるようです。このへんは、「マーケットの馬車馬」に書かれていた話と似ている。
前々から読もうとは思っていたけど、読んでよかったです。