【書評】なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学


拷問読書

今週3冊目。累計73冊目。顧客行動を徹底的に分析し、店舗経営の改善案を助言するエンバイロセルという会社があります。そのエンバイロセルの創業者であるパコ・アンダーヒルがショッピングの科学を解説したのが本書。

ちなみに日本では、店舗にカメラを設置し、顧客行動を分析してデータを提供するMideeという会社があります。ここは本部にいながら店舗状況を観察、見たい場所にカメラを移動させズーム表示させたりできるShopViewというサービスまで提供している。実際のデモを見てみると分かるけど、ハリウッド映画さながらの光景。

どちらにも共通するのが、今までのPOSデータや販売データでは見えてこないデータを取り扱っているところ。従来のようにどの商品がいつ売れたというデータだけでなく、商品を買わなかった顧客の動きや特性(年齢や性別、2人組かなど)、どんな客層が商品を手にとったか、どのぐらい店に滞在していたかといったデータを分析している。

エンバイロセルでは顧客行動を分析するため、実際の店舗に人を送り込み、客に気づかれないように顧客行動を詳細にメモする。それによって、商品の陳列棚の適切な位置、客が近づきたがらない場所とその理由、顧客が購買行動に移るまでのプロセスを分析する。

P52

「すべての人間には共通した生理学的、解剖学的な能力と傾向と限界と欲求があり、ショッピング環境はこうした特徴に合わせなければならない。~略~。人間という機械がどのような構造で、その行動が生理的、解剖学的にいかに規定されているかについて、ショッピング環境をととのえる側が認識しそこね、対応しそこねていることを暴露することがわれわれの業務の大半を占めている。」

この本で書かれている店舗改善の提案はどれも当たり前に聞こえることが多い。それでも、その当たり前を認識する前は、ごく単純なことに気づかない店舗が大半らしい。

●ヒトの行動メカニズム P99

人は鏡を見ると減速し、銀行を見ると足を早める。銀行のウインドウはつまらないし、銀行へ行くのが好きな人間はめったにいない。でも鏡のほうは退屈しない。だから、店を出すときには金融機関の隣を避ける。他にも、人が歩くとかならず右に片寄ったり、物を取るときに右側に手を出すため、商品の陳列棚の右側のスペースは一等地になる。

客を立ち止まらせたい場所には鏡を配置しろ!ということですな。

●若者の独特な買い物パターン P206

ジーンズの販売状況に関する調査を通して独特のパターンが発見された。若者同士のグループは親と同伴してきた若者に比べて売り場で過ごす時間が長かった。ただし、購入した人々の割合は若者同士が13%に対し、親子連れでは25%だった。

ここから何が分かったか?

若者は友達と連れだって一種の下見をしていて、両親とともにふたたび店を訪ねる。親と一緒に買い物をしている姿を見られないよう、そそくさと買い物をすませるというような若者の行動パターンが発見された。

こうやって、顧客の年齢層や滞在時間、購買行動に移った顧客の割合をデータ化することにより、今まで見えてこなかった実態が見える事例がたくさん書いてありおもしろい。

●店内で起こることを経営に反映させる P339

「企業の経営陣が危険に気づかないで自己満足にひたるのを避ける最良の方法は、店内の売り場と、そこで起こることの決定権を握る人達とのあいだの距離をなくしてしまうことである。つまり、もっとも賢い経営方針は、店長レベルの人間にもっと責任と権限をもたせることなのだ。」

上記は本書の結論のひとつでもある主張ですが、実際の店舗で起こっていることを経営方針を考えている人達にも伝えないといけないといった主旨。それは、よかれと思ってやった陳列棚の配置や特定の商品の置き場所が、分析結果を見てみるとまったく効果がなかったという経験則からきているのだと思います。

店舗の徹底的な分析によりできることは企業の戦略より戦術の微調整。戦略ばかりに目がいってしまった店舗経営の戦術部分を洗い直し、企業トップが考えた店舗経営方法と現場でのズレを修正する。

店舗に潜むスパイと雑誌に紹介されたこともあるそうですが、顧客行動をここまで徹底的に分析した本を読んだのは初めて。ショッピングモールやいろいろな店舗に行く時の視点が増えておもしろい。