【書評】予想どおりに不合理


拷問読書分かりやすさと内容の充実度でいえば、今月のベストになるかもしれない一冊。

人間の行動は必ずしも合理的ではない、という様々な実験結果をユーモアたっぷりに書いている行動経済学の本。いろいろな要素がからまり、人間が不合理に行動する過程をたくさん知ることができます。

この本のいいところは誰にでも興味がわくテーマを上げ、それを分かりやすく説明しているところ。内容も難しくなく、とても読みやすい。著者自身も不合理な行動をとってしまうことを認めながら、どうすればそれに対抗できるかを考えている。

特に面白かった箇所

・アンカリング効果

たとえ最初の価格が恣意的でも、それがいったんわたしたちの意識に定着すると、現在の価格ばかりか、未来の価格まで決定づけられる。

人間は最初に聞いた価格を元にして、その他の価格が安いか高いかを考えるようになるというもの。つまり、最初に聞いた値段を無意識のうちに相場として設定してしまうということ。例えば、初めて住んだ家、初めてつきあった彼女、初めて熱中したゲーム、なんでも最初のものが基準になり、後々の物事がよいか悪いかを判断するアンカリングになる。

これは商品の価格を下げるのは簡単だけど、上げるのは難しいっていうことになる。

さらには、長年納得がいかなかった疑問も説明されることになりました。

それは僕が「ジャイアン効果」と呼んでいるもの。

ジャイアンは普段のび太をいじめたり、理不尽な要求をスネ夫にしたりとひどいやつです。それが、映画版でいいところを見せるとものすごくいいやつに見えてしまう。もしデキスギ君がのび太をちょっとでもからかったりしたら、ものすごい悪党に見えてしまうだろう。

これは、ジャイアンはひどいやつだというアンカリングがあるため、ちょっとでもいいところを見せるとすごくいいやつに見えてしまうのかと納得した。

この本での話はここで終わらない。

P78

市場で見かける需要と供給の関係は、選好ではなく記憶にもとづいている。

つまり、市場での需要価格は、過去の値段にもとづいて消費者が高いか安いかを判断してしまうため、必ずしも合理的に決まるわけではないというもの。市場に任せて規制を撤廃しても、合理的な値段に落ち着くとは限らないということになります。

市場に任せればいいのだというリバタニアン的な考えを持っていたんですが、このアンカリング効果は正直あまり考えたことがなかった。

・社会規範のコスト

P104

わたしたちはふたつの異なる世界。社会規範が優勢な世界と、市場規範が規則をつくる世界に同時に生きている。

今まで無料で困っている人たちを助けていた人々が、お金をもらうようになったとたんにやる気を失ったりする。これはお金をもらった時点で、自分の行為と報酬のバランスを突然考え出すからだ。人々の熱意を引き出すにはお金を出さず、社会規範に訴えるほうが効果的な時もあるということを説明しています。

このことは、お金を受け取らないことが有利に働くこともある時があることを教えてくれます。人の役に立つことをした時に報酬を受け取らなければ、自分の満足度も高くなり、相手の感謝する気持ちも高くなる場合が多いはず。

このパートは本書でダントツに面白い部分だった。本書には無料の力(なぜ人間が無料というだけで、合理的な判断を失うかという話)というパートも出てくるけど、社会規範を重視するという考えはその話にも関わってくる。

・なぜ現金を扱うと正直になるのか

実験結果によると、300円を盗むよりも300円相当の品物を盗むほうが罪の意識が軽いらしい。そんなわけで人間は、商品の返品で不正をしたり、引換券で不正をしたり、何かのサービスで不正をしたり、会社の備品をくすねることにはあまり抵抗がない。

・無料のパワー

人間は無料という言葉に弱い。なぜかというと、人は本質的に失うことを恐れる性質を持っているかららしい。無料と聞くだけで、大半の人が合理的な行動をとれなくなる。極端な例でいえば、1000円が800円になった高級チョコよりも、100円が無料になった普通のチョコを選ぶ。

グーグルが社員に無料で提供している社員サービスも無料なものがいっぱいらしい。無料の食事、無料のフィットネスクラブなど無料の社員向けサービスはたくさんあると聞いた。これは単純に社員の給料をサービスの分だけ上げるよりも、大きな効果を上げているはずだと思った。

行動経済学の本ではもっとも分かりやすく、面白い本だと思う。読みやすいので誰かに勧めるにも最適な一冊。欠点は本のカバーがケバケバしいぐらい。