【書評】よその子


拷問読書

今週1冊目。累計64冊目。特殊学級の教師トリイが書いたノンフィクション。識字傷害のロリ、複雑な家庭の問題から暴力的になったトマソ、自閉症のブー、12歳で妊娠したクローディアなど4人の子どもを中心とした物語。自分は映画とか本で泣くことはまずなく、冷徹人間のレッテルを欲しいままにしてきたのですが、最後に生徒達が教室を離れるシーンは一瞬だけ涙で字が読めなくなりました。

トマソは幼い頃に両親を殺され、自分を厄介者扱いする里親にたらいまわしにされたあげく、誰に対しても憎悪を向ける子どもに育つ。ロリは幼いころの両親の虐待により頭を怪我し、どうがんばっても文字を読むことができない。重度の自閉症で言葉も喋られず、しょっちゅう奇声をあげるブー。成績優秀ながら12歳で妊娠してしまったクローディア。この4人が同じ教室で学ぶという形式で物語は進みます。

●魅力的な子どもたち

特に印象に残ったのが乱暴者のトマソ。自分を愛してくれる人が誰もいない状況で育ち、常に「いつか父さんが迎えにきてくれるんだ」と妄想を現実のように話しています。その純粋な妄想が泣けるし、識字傷害のロリの学習を助ける役を任命され段々と成長していく過程が面白い。

識字傷害を持ちながら、底抜けに明るいロリも印象的です。周りを思いやる気持ちが人一倍強く、勉強の意欲も高い。だけど、どれだけ頑張っても脳の傷害の影響で文字が読めるようになれない。それを怠けていると思われ担任の教師に叱られたり、他の生徒の前で本を読むように強制されたりする。作者のトリイがつきっきりで教えることになるのですが、最後に進級できないと分かった時の場面は読んでて一緒に泣きそうになります。

●現実でまったく通用しない学問

「フロイト心理学を研究し、この子どもたちの問題を解決できればどれだけいいだろう」というくだりが本書には出てきます。幼い頃に親からの愛情が不足したため情緒障害になってしまったのだ、といった心理分析が教室内ではまったく役に立たない。どうすれば子どもを良い方向へ導いていくかは、教室内での失敗や成功の連続しかない。

さらに子どもたちは、経験や勉強で分かったような接し方をしてくる大人を敏感に感じ取り警戒してしまう。ノンフィクションなので最後にすべてが解決してハッピーエンドともなりません。子どもたちの世界からは人間の本質がかいま見られます。文句なしのお勧め本。

ちなみに、この本を紹介してくれたブログは「分裂勘違い君劇場


【書評】ウケる技術


拷問読書

今週5冊目。累計59冊目。夢をかなえるゾウで有名になった水野敬也氏の本。本書ではウケるという技術を体系化。笑いを取るトークの細部にどれほど戦略的な構造が隠されているかを解明しています。

プロカウンセラーの聞く技術という少し前に売れた本がありました。でも、相手の話を上手く聞くといった「受け身」の本とは異なり、この「ウケる技術」は完全に「攻め」の姿勢です。「聞く技術」で唱えられているのが「askするなlistenせよ」という精神なら、この「ウケる技術」では「相手の話の面白い部分をくみ取り、突っ込め」という、サービス精神が信条となっています。

「ウケる技術はセンス、あるいは才能という一言で片付けられてきたのが現状でしょう。ところが、あらためてウケる人の無数の会話を地道に生理していくと、誰でもマネすることができる夕餉のパターンの組み合わせに分解できることがわかってきました。」

人対人の会話という不確実な状況で、いかに戦略的にウケるか。ウケるパターンを分解し、体系化し、整理し、どう応用していくか。これが本書のテーマです。以前、ダウンタウンのまっちゃんが電波少年の企画でアメリカ人相手にウケるためのコントを作っていた時も、同じような考え方を話していました。その時は、アメリカ人にどういう笑いがウケるかをいろいろ試して、今までのパターンの応用を細かく解説していました。

本書を読むと、なにげない会話で面白いことをポンポンと言える人は常にいろいろなことを考え、脳みそをフル回転させているんだなあとよく分かります。自分は面白いことを言うタイプではなく、周りの才能溢れる突っ込みプレイヤーに生かされないと駄目なタイプ。周りの突っ込み上手な人のサービス精神と、頭のよさをあらためて感じたしだいであります。

ウケるパターンの例が面白いので、気軽な読み物としてもお勧めです。本書に影響されすぎて寒いキャラになってしまう危険性はあるので注意は必要ですが。。

著者の水野氏が出している水野愛也の「スパルタ恋愛塾」における、うらっつらkindness理論がまた面白い。


【書評】正しく決める力


拷問読書今週5冊目。累計54冊目。著者は19年ほどBCGやアクセンチュアといった外資コンサル会社で働き、戦略グループ統括までしていた三谷宏治氏。三谷氏の「突破するアイデア力」という本が物凄く面白かったので、新しくでた本書も読んでみたらまたまた面白かった。

ちなみに「突破するアイデア力」は、日々の生活からどういった視点で学びがあるかといったことを、あらゆる角度から語っている本です。SF小説からだったり、旅からだったり、昔の建築物だったりいろいろな切り口で書かれています。そのどれもが深い視点まで掘り下げていて、その考えの深さに一気に引き込まれます。内容は著者のHPで公開されているのでタダで読むことができたりする。

話が飛びましたが、本書のテーマは大事な事を考え、話して、実行するというシンプルなもの。ただ、世の中の90パーセント以上の人はこれが出来てないと書いています。たいていは、思考がバラバラになり、話すと論点がズレ、何をするかを決めきれない。

これを正すには練習するしかない。その考え方、実行方法をシンプルに、難解な用語もまったくなく、中学生でも分かるように書かれています。でも、簡単に書かれているからといって内容も軽いというわけでもありません。簡単だけど難しいこと、それをどう克服するかに焦点が当てられています。

そのために必要なのは、「重要思考」、「Q&A力」、「喜捨法」の3つ。この中で特に重要なのが最初の重要思考。

●重要思考

このパートは本当にシンプル。何かをしたり、決めたりする時に、「それは大事なことか」と何度も自問するだけ。分かりやすい例でいえば、お金を節約したいと思った時にあれこれと節約方法を考えるのではなく、一番ウエイトが大きいものから考える。この場合は、毎日の食事代よりも、家賃であったり、大きな買い物といった形。

次にどの程度大事かを常にはかる。経験で判断すると判断を間違える。文化財修理のプロは感だけに頼らず、対象を詳細にX線、顕微鏡などで観察してどうするべきかを考えるようです。

●本書に書かれている意志決定クイズが面白い

乗っていた飛行機が雪原の中の湖に墜落。救命ボートに乗りながら、短時間で機体に残る貴重なアイテムのどれを確保するかを決める。初期の目的地までは30キロ。周りは低木と雪に覆われ、湖が点在し、それを川がつなぐ。風は強く、気温も零度を切る。

助けが来るのは2週間以降かもしれず、着ているのは冬物の普段着。この状況をどう切り抜けるか。機体に残るアイテムは様々。本、コンパス、寝袋、マッチ、テント、ハチミツ、水を綺麗にする浄水錠剤などなど。

10分間の間にどのアイテムを選ぶか、それはなぜかと考える。大事なことから「大戦略」、「効用」、「手段」で考えるというもの。簡単な思考の練習にもなる。考えかたのプロセス、解答例みたいなものは本書に書かれています。

何が一番大事か、それはなぜか。このシンプルな考え方の道筋が面白く、分かりやすく書かれている本。事例の話題もビジネス、災害派遣、学校教育、子育てまでと豊富で一気に引き込まれる文章です。昨晩はこの本が面白すぎて、気がついたら朝になっていました。

さっそく他のブログでも取り上げられていて、特に秀逸なのがこちらのブログ


【書評】ザ・プロフィット 利益はどのようにして生まれるのか


拷問読書今週4冊目。累計53冊目。商売において利益を上げる方法にはたくさんありますが、その多種多様な利益モデルを勉強できる本。この手の本では定番の、何でも見透かしている系の先生と、企業の戦略部門で働く生徒によるストーリー形式になっています。

本書で紹介される利益モデルは全部で23個。この利益モデルについて読んでいった後、世の中で売られている製品やサービスと照合されていくと面白い。例えば、今日買った電化製品はどの利益モデルに当てはまるだろうとか、今日使ったサービスはどういった収益構造になってるかとか。

●ファイアウォールで利益を守れ

分かりやすい例がこの部分。例えば、バービー人形は2000円ほどで売られているのが普通。ここで、あえて1000円ほどのバービー人形を売り出す。この商品自体は安いのでほとんど利益は上がらない。では、なぜわざわざ儲からない安いモデルを売り出すか?

その理由は他社の参入を防ぐため。わざと安い価格帯も売り出しておいて、安いというだけでライバルに参入するきっかけを作らせないというもの。さらに、子供にも手が届く低価格で販売しておく意味もある。それをきっかけに商品に興味を持った親に、高級バービーを売るというプラミッド式の利益モデルにもなるから。

このように、本書ではいろいろな業種のビジネスモデルを紹介。それぞれの製品がどのような戦略にもとづいて売り出しているかを、チャオ先生と生徒であるスティーブによる対話形式で説明しています。

●世の中の製品やサービスを違った視点で観察

本書は利益モデルの辞書的な本として使えます。例えば、街中を歩いていて、ふとこの製品の利益モデルはなんだったかなーと考える。その後にこの本に戻ってきて、チャオ先生が説明していた23個の利益モデルのどれに当てはまるかを確認。

まったく同じという形式にはならないかもしれけれど、大抵は似たような形式が見つかるのではないかと。

同じように教え子と先生の対話で進む「ザ・ゴール」という本がありますが、「ザ・プロフィット」は「ザ・ゴール」ほどストーリー展開が派手ではないです。むしろ淡々と進みます。教え子のスティーブも出来すぎ君じゃないかと思うぐらい、チャオ先生の難解な問いかけに結構スラスラと答えていきます。

そういう意味で、「ザ・ゴール」よりも理解するのは難しめ。一度読んだだけでははっきりと理解できないので、やはり利益モデルのガイドブック的に思いついた時に読み返すという方法がベストな本でした。


【書評】国際紛争―理論と歴史


拷問読書今週1冊目。累計50冊目。国際社会において紛争の起こる原因は何なのか、このことを国家間の力関係や時代背景を元に解説していく本。教科書みたいで読みやすい本ではないのですが、紛争のメカニズムを知ることができます。

●バランス・オブ・パワー



国際紛争の背景にはバランス・オブ・パワーのメカニズムが潜んでいる。この部分で面白かったのが、必ずしも強い国に協力するという構造がすべてではないこと。例えば、ドイツが強くなりすぎることを恐れ、アメリカがドイツと敵対する小国を援助したりする。

「国家がパワーをバランスさせようとするのは、平和を維持しようとするためではなく、自らの独立を維持しようとするからである。」

国家紛争の歴史は、バランス・オブ・パワーの歴史かもしれないです。上記のことは、利己的に動くことによって、結果的に国家間のバランスが保たれているという意味で面白かった。

例えば、世界が1つになるにはどうすればいいか?という問題も、大きな敵を作ればすぐ解決しますな。映画「インデペンデンス・デイ」のように、宇宙人が地球を侵略してきたら世界中が協力せざるを得なくなります。

つまり、お互いに協力したほうがよいという仕組みを作り、経済的にも相互にもちつもたれつつの関係を作りだすのが世界平和に繋がるんではないかなと。グローバル化の進展し経済的な協力体制が高まるにつれ、戦争のコストが高くつくという考え方は「フラット化する世界」でも書いていました。

異なる文化や宗教があるから争いが起こるのだという考えもありますが、協力したほうがお得だという価値観を共有すれば、結構合理的に人間は動くものだと思うのです。

●日本がアメリカに戦いを挑むのは合理的だったのか?

第二次世界大戦において、冷静に考えて勝てそうにないアメリカに対してなぜ日本が戦争をしかけたか。アメリカは負けると分かっていて日本は戦争に突入しないだろうと考えていたようです。

「日本人が合理的なら、アメリカへの攻撃は日本の破滅以外の何者でもないことは明らかだ」と当時のアメリカの国務次官補も言っていたようです。

ただ、アメリカは日本への石油の禁輸措置によって日本の南進を阻止しようとした。当時の日本は石油の9割を輸入に依存していたので、戦争を始めるほうが徐々に絞め殺される

よりもましだと日本は決断したと書かれています。

この部分を読んでいて感じたのは、追い詰められると北朝鮮は何をするかわからない。そう思わせるのが北朝鮮の最大の武器であり、厄介なところだなということです。戦争を起こすことが不合理になるような逃げ道というものを作っておくのは重要なのですが、そこに付けいれられる可能性もあったり。

●新しい世界秩序

あらゆる人種や宗教が混沌とする世界で、世界政府の樹立は現実的でない。世界平和を目指す上でなにが決めてになってくるかというと、自分としては情報の共有と経済的な相互依存ではないかと思っております。

簡単にいうと、喧嘩の主な原因は意思疎通の欠如だったり、お互いの誤解から生じるものだったりが多いものです。そういう意味で、インターネットが普及して情報の共有が簡単になっていく世界では可能性はあるのでないかと。

もう1つの経済的な相互依存。お互いに争うと今まで培ってきた経済的な相互関係が失われてしまうという状態が世界中で起これば、自動的にそれが戦争抑止の力として発達していくのではないかと。


【書評】マネーロンダリング入門


拷問読書今週1冊目。累計45冊目。タイトルから犯罪指南書みたいでイメージ悪いですが、グローバルな社会で税金のあり方というものを考えられる真面目な本です。本書は「不道徳教育」で、リバタニアンという究極の自由主義について書いた橘玲が作者。

この「不道徳教育」という本は、自分の今までの価値観を根底から揺さぶられるような強烈な本で最高に面白かったのですが、本書「マネーロンダリング入門」も当たりでした。

●スイス系の金融機関の優位性

スイスの金融機関が他国より優位に立っている理由は、その守秘性。スイスがEUに加盟しないのは、租税情報を他国と交換すれば金融立国の基盤が崩壊するからのようです。

このことは、結果的に世界中の犯罪組織の脱税手段として使われることにもつながる。9.11の事件以後には国際世論の圧力もあり、EU移住者の銀行口座に対する源泉課税の代理徴収を余儀なくされています。

結果的に、税金が安いオフショアに資金が流出していくので、スイスの銀行の最大の敵はタックスヘブンとなるオフショア銀行の模様。

●アメリカのテロ対策

現在、世界の基軸通貨はアメリカドル。よって、あらゆる世界の犯罪組織も取引相手がドルを要求するためドル立てで資金を持っている。アメリカ政府がアメリカドルを管理する金融業者に圧力をかけ、気に食わないテロ国家の資金を凍結させることもできる。

しかし、これはなかなか難しい選択。あまりに自国の都合によってドルを凍結しすぎると、犯罪集団はユーロなどの新たな通過に流れ、すぐに新しい世界の基軸通貨が出来上がってしまうと本書では書かれています。

このアメリカの対テロ戦争における大きな矛盾の項目がすごく面白い。アメリカはドルを支配しているが、他国の通過は支配していない。対テロ戦争で勝利するため犯罪組織の資金をドルから切り離せば、膨大な額のマネーがユーロなどの他国通貨に流れ、ドルの崩壊をもたらすと。

一時期アメリカは、北朝鮮のドル立て海外口座を凍結していましたが、簡単に使える方法ではないわけですな。

●今後、富裕層による税金亡命は増え続ける

経済がグローバル化することによって、マネーも企業もどんどん多国籍化してきている。この時、税金を少しでも安くするために、富裕層の人々や企業はどんどん税金の安いところに流れていく。この影響は、財政破綻や年金危機を通じて個々人の生活にまで及んできています。

個人の「多国籍化」、「無国籍化」こそが、グローバル資本主義の終着点なのだと本書には書かれていますが、税金のあり方そのものを変えていかないとこの流れは止まらないような気がしますな。

脱税できない税として消費税がありますが、所得が低いほど負担が大きくなるという問題もありバランスが難しい。まあ、インターネットなどの普及によって経済のあり方が変わっているのだから、税金のあり方もどんどん変わる必要があるなと感じた1冊でした。


【書評】銃・病原菌・鉄


拷問読書 拷問読書今週のノルマ5,6冊目。累計43、44冊目。「なぜ世界に格差が出来たのか?」という究極の疑問を環境の違いという主題を元に科学的に解明するめちゃくちゃ面白い本。著者は医学部教授で進化生物学などが専門。

歴史学に定量分析という手法を使い、人類の格差が生じた原因を食糧生産環境、気候、移住環境、家畜の存在などあらゆる要因を紐解いてドンドンと解明していきます。歴史の知識が浅い自分でもすっかり引き込まれてしまった。

●豊かな国と貧困国との違いは人種間の優劣ではなかった

この本の主題はこれです。人種差別は公には否定されていますが、ほとんどの西洋人は文明の優劣を人種間の優劣と考えているらしい。本書ではその考えを真っ向から否定し、究極的には環境の違いに説明を求めている。

環境の違いというと簡単だけど、それは病原菌や移住環境、食料など様々な要因からなります。例えば、知識の伝達が困難な場所で生活してきた人々は文明を発達させられなかった。食物栽培に適した土地を持たない人々は狩猟生活が合理的な選択となり、文明を発達させる時間的余裕をもてなかったなどなど。

宇宙船を飛ばすほど科学が発達した国がある一方で、現在も狩猟生活を続ける部族があるのはなぜか。この単純な疑問を、人類誕生のスタートラインから突き詰めていくスケールのでかさに本書の凄さがあります。



●必要は発明の母ではなく、発明が必要の母だった

本書の下巻に書かれている内容で一番印象に残ったところ。一般には何か問題があった時、それを解決するために発明が生まれるとよく言われています。しかし、本書では技術が発明された後にその技術の使われ方が考えられると書かれている。

「実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作り出そうとして生み出されたわけではない。発明をどのように応用するかは、発明がなされたあとに考え出されている。」

例えば、エジソンの蓄音機は商業的価値がないと当初エジソン自身が言っていた。その後、他の人が録音再生装置として改良したものを作りだした。音楽の録音再生に蓄音機の主要な用途があるとエジソンがしぶしぶ認めたのは発明から20年たってから。

自動車も当初は使用用途が明確ではなく、重くてでかい内熱機関は馬という輸送機関に対抗できるものではなかった。それがのちのち改良され、発明から約20年後に自転車に内熱機関を取り付けオートバイが作られ、最初のトラックができたのは内熱機関の発明から約30年後。

ここを読んでいて思ったのは、必ずしも問題を解決するためにアイデアが生まれるわけではないのだなということ。何か便利なものや面白いアイデアができれば用途を限定せず、違う視点を持って新しい使い方を考え出すのが重要なんだなと妙に納得できたパートです。

●天才の出現は先駆者の力によるもの

発明の話から天才の出現に話が続きます。文明の発達は非凡な天才の出現が大きいのではないかという考えを真っ向から否定していきます。

「たとえばわれわれは、ジェイムズ・ワットはやかんから立ち上る湯気にヒントを得て蒸気機関を発明したと聞かされている。しかし、これは作り話であり、ワットが発明を思いついたのは、トーマス・ニューカメンが発明したニューカメン型蒸気機関を修理していた時である。」

天才の発明はどれも似たりよったりの由来があり、ある人がある人の発明を改良し、またある人がそれを改良していくという歴史があるようです。ようは、パクリが発明の母ということになります。これは音楽界でもいえることだし、あらゆる分野が模倣と改良の歴史によって先進的なものが作りだされてきたと言えますな。

本書では発明のもととなる知識の集約が起こった環境を追求し、どういった要因が発明を促すことになったかを解き明かしていっています。

●多様性の重要性

文明の発達における多様性の重要性というものを歴史的事実を元に説明されています。例えばコロンブスの航海。これはヨーロッパの多様性が生んだものであり、中国はその分野でどうして遅れたかの説明が面白い。

コロンブスは大航海のための資金提供を多数の国の王に頼むことができた。それは、ヨーロッパには多数の国があったからであり、1つの国に断られても他の国に頼むことを可能にした。ところが、当時の中国では国が統一されていて、1人の王に断られるとその時点で可能性は閉ざされてしまった。

ヨーロッパも中国も知識の伝達が可能な土地であり、文明が発達してきた。しかし、ヨーロッパは知識の伝達が可能だが、異なる国々を作りだす山脈などの障壁があった。一方の中国では知識の伝達が可能である環境には恵まれたが、ヨーロッパのように多様な国が生まれるほどの環境的な障害がなく、国が統一されたことによって多様性が生まれなかった。

「このように比較していくと、技術の発達は、地理的な結びつきからプラスの影響とマイナスの影響を受けたことがわかる。その結果、時間的に長い尺度で評価した場合、技術は、地理的な結びつきが強すぎたところでもなく、弱すぎたところでもなく、中程度のところでもっとも進化のスピードが速かったと思われる。」

このヨーロッパと中国の比較は、知識を共有しながらも多様性を維持する大切さがよくわかる内容でした。歴史の中で個人のもたらす影響は世間で思われているほど大きくなく、その個人を作り出した環境の重要性というものが強調されています。

●まとめ

面白い本というのは、まったく新しい視野を提供してくれるものだと最近は思ってきました。その意味でこの本は抜群に面白く、なおかつ歴史の勉強にもなります。もちろん著者の仮説を検証している本なので、本書の内容が正しいという確証はありません。

この「銃・病原菌・鉄」は、何気なく考えていた人種間の生物学的差異というものに対して違う視点を提供してくれる本。個人的には下巻の面白さが半端なかったです。


【書評】思いやりはお金に換算できる!?


拷問読書今週のノルマ4冊目。累計42冊目。思いやりといった人の感情や環境保護という倫理的になりがちな事柄、これらの経済的な価値を説明してくれる面白い本。これは環境経済学という新しい分野らしい。

この本の面白いのは「思いやりを持とう」とか「地球を守ろう!」といった通常であれば感情に訴えかけられることに対し、経済的な視点から合理的にそれらの価値を検証しているところです。難しい専門用語もなく、なぜか関西弁が混じる文体で読みやすい。

「思いやりも優しさもその効果をお金に換算してみましょう。意外にも、思いやりのある方法を選んだほうが食えたりしまっせ。利益一筋、冷酷にやるより逆に儲かりまっせ~」

こんな感じのノリの本です。

本書では周りの人間や環境によいと思われるたくさんの事柄をお金という尺度を持って説明しています。ECOとか倫理的な説教が嫌いな人でも、お金という誰にでも分かる尺度を使って説明しているので説得力があるのではないでしょうか。最近流行りのCSR(企業の社会的責任)の考え方にも近い部分があります。

●酔っ払いは経済効果を下げる

有名人を街中で見ると得した気分になる人達が増えて経済効果が上がります。酔っ払いが電車内にいると周りが迷惑して経済効果が下がる。前者が外部経済、後者が外部不経済です。環境経済学ではこの外部経済が増えるように経済モデルを考えます。

他にも、短期的な利益を追求して環境を破壊してしまうと、そのために空気が汚れたり公害が発生して人が住みにくい土地になった時の経済損失は計り知れません。この単純な事柄を感情で訴えるのではなく、お金に換算して理解しやすくするのが環境経済学のよいところだとこの本では書かれています。

この考え方は納得できるものなのですが、自分としては直接のペナルティがないと人間はなかなか動かないと思うのです。経済学的に環境保護を考えるのは持続可能な社会を作る第一歩にはなっても、決め手にはならないのではないかと。

例えば、タバコのポイ捨てをすれば街の景観が失われるので経済的にマイナスです。それを掃除するために掃除屋さんを雇わないといけない。そのお金は税金でまかなわれるので結局は自分達の税金に返ってくる。この流れは理解できてもポイ捨てはなかなか無くなりません。それは直接自分に害が回ってこないからです。

でも、自分の部屋でタバコをポイ捨てする人はいません。これは自分の部屋に捨てると自分が困る。友達の部屋で捨てる人もまずいない。「オイ、コラ」と言われちゃいます。高級レストランで捨てる人もいません。「お客様。。。」となっちゃいます。

自分としては、街の景観維持を民間にまかせて罰金を取るようにするとよいんじゃないかなあと思っています。この考えは、「不道徳教育」という本で書かれていました。ちなみにこの本は恐喝者、悪徳警察官、闇金融といった不道徳な輩を合理的な考えで擁護する最高に面白い本です。

●ボランティアはやめよう

この本で一番面白かった箇所がここです。著者は無理のないものはみんなでやればいいと書いているのでボランティア自体を否定してはいません。でも、ボランティアの人達はやがて息切れし、最後は対価のある活動に移らざるをえないと。

結局は、よかれと思ってしている活動でも長続きするには働いた分の対価をもらうことが大事だと書かれています。つまり、無理してボランティアはしてはいけないと。

まあ、ボランティアをすることによって精神的な満足を得られたり、新しい人と出会えたり、自分の勉強になることだったりするとそれはそれで対価だと思います。でも、最初はそれだけでもよいけど続くかとなるとむずかしい問題。そういう意味でなかなか納得させられました。

ちょっとこの本のテーマとする部分とは違ったことばかり書いてしまいましたが、本書の内容は「持続可能な環境」、「思いやり」といったことの経済的価値を説明する本です。この本を読むと「人の思いやり」などの価値を考え直すことができるので、普段何気なく享受している事のありがたみが実感できます。


【書評】スパークする思考


拷問読書今週のノルマ1冊目。累計40冊目。著者はボストンコンサルティンググループの日本代表を務めたこともある内田先生。僕が通っている早稲田大学でも「市場競争戦略」を研究課題にゼミをしていて、今年の秋にぜひ入りたいと思っていたので最近出版された本書を読んでみました。

この本は「いかに学んだ知識を生かすか」ということがテーマ。世の中には情報管理術のテクニック本などが溢れていますが、この本ではあえて整理せずアナログを重視したほうがよいと書かれています。

著者は東大の工学部を出ていて昔からIT系の分野にも見識が広く、学生時代からあらゆる情報活用術を試してきた結果、アナログ的な手法が最も効率が良いという結論に達したようです。

●情報は整理するな、覚えるな

「情報活用に力を入れすぎると情報に翻弄される。インプットに10の労力を使っても、アウトプットには1か2しか活かせない。その割合を何とか逆にしたいと考えた。つまり、インプットの労力は1か2で、アウトプットは10できるという情報収集、活用術だ。」

この方法は何かというと、単純な話で「問題意識」というものを持つことらしいです。さらに、思い出せない情報はたいした情報ではないと本書では言い切っています。自分にって重要な情報であれば自然と頭の中のどこかに引っかかり、何かの拍子にまたよみがえってくると。

何かのきっかに頭の中に入れた情報を熟成させ、自分なりのデータベースから思考をスパークさせて新しいアイデアを生ませる。この非常に単純な仕組みを意識することの必要性が本書の肝となる主題です。

手段と目的が逆転してしまう現象は世の中のあらゆる場面で起こっていることだとは思うのですが、それに対する有効な処方箋にもなる話でした。

これは、日露戦争で活躍した日本海軍における名参謀、秋山真之の読書法と似ている部分があるなと思いました。この人はひたすら海軍作戦に関する本を乱読し、印象に残った部分は自然と記憶しておくからほとんどの本は捨ててしまうらしい。たまに強烈に印象に残った部分はメモを取るがそれもよく紛失するとか。

●情報を熟成するために

本書で紹介されている方法は、「人に話してアイデアを育てる」、「書きながら考える」、「実践できるものなら試す」などです。とにかく実行が簡単で単純な方法を意識して行うことが書かれています。要は頭の中にいれた情報を熟成させてひらめきを得る、これができればなんでもよいということなんだと思いました。

●本を読み終わった後にすること

最近本を読み終えた後に個人的に実践していることが、「読み終えた後に印象に残ったことはなんだろうか」と頭の中だけで考えることです。読み返した後に特に思い返すことがなかった本はそれほどよくなかったんだなと考えています。

この本のいいところは、情報を暗記しようとがんばらない姿勢というかいい意味でのいい加減さを推奨しているところ。それよりも、どれだけ問題意識・興味を持って日々の生活を送るか、あらゆる場面で得た情報をどうやって活かすかを考えることに重点を置くという部分。

ちなみに、本書を読んで感じたことは「重要な要点は自然と覚える」、「得た情報を熟成させることを意識する」など。

●それならば、要点だけを読めばよいのか?

本を読んでいて本当に重要な部分は数行だけだとよく言われます。確かにそのとおりで、他の箇所はその数行を説明する事例だったり、考え方だったりします。ただ、自分としてはいわゆる「まとめ」だけを読んでも要点を理解することは難しいと最近思うわけです。

もちろん、今まで似たような本を多数読んでいてだいたい言おうとしていることが分かってしまうというような時は別なんですが。

例えば、最近読んだ「ゴール」というビジネス書の制約理論はもっとコンパクトにまとめてくれている解説HPなどがあります。でも、それだけ読んでも馬鹿なのであまり記憶に残りませんでした。その後、ストーリー仕立てになっていて幾分くどい感じのある「ゴール」を読み終えた後は、少なくとも理論への理解が深まりました。

これは、細かい補足説明やストーリーなども読みうちに重要な部分への理解が熟成させられていくのではないかと思うわけです。

そういう意味で、似たようなテーマの本をあえて数冊読むことの大切さとも本質的には同じだなーと思いました。


【書評】その数学が戦略を決める


拷問読書今週のノルマ6冊目。累計39冊目。データ分析の凄さを実感できる本。コンピュータを駆使したデータ分析による予想がいかに専門家を圧倒するか。この事実が豊富な事例を用いてドンドン語られていき、内容の面白さに一気に引き込まれてしまいました。

本書が良いところは「データ分析最強!」と言っているわけではなく、人間にしかできない仮説の重要性と統計分析を組み合わせる必要性を強調しているところです。さらにはデータ分析がおちいりやすいゴミデータの問題にも言及しています。

ちなみにタイトルは「その数学が戦略を決める」とカッチョ良い邦題ですが、戦略の話は特にありません。基本的にはデータ分析の有効性について語っている本。

●あらゆる場所で使用されているデータマイニング

データマイニングとは大量のデータを解析し、その中から見えるパターンを探し出す技術のこと。これが最も使われているのがWEBサービス。アマゾンの本を買うと以前の略歴からその人の趣向を推測して他の本を推薦してくる。

僕が利用している洋楽専門のRhapsodyというオンラインジュークボックスサービスもこれを活用しています。自分の好きなアーティストをクリックすると、その歌手が影響を受けた歌手や、同じような系統のアルバムがズラリと並んで非常に便利。

本書ではグーグル検索からアマゾンまで、あらゆる分野で利用されているデータマイニングの技術が紹介されています。よく考えると携帯電話の予測変換もこの技術が使われていますな。

ただ、こういうサービスに浸りきってしまうと新たなジャンル開拓の時は障害になったりもします。知らない間に趣味や考え方が特定のジャンルに偏ってきて、発想が貧弱に。。なんてことにもなってしまうかも。

そういうわけで、音楽だったらあえてたくさんのジャンルが無作為に流れたり、本でもたくさんのジャンルからピックアップして紹介してくれる機能が逆に必要とされるんじゃないかと。

突き詰めていくと、周りの友達だったり知り合いからの紹介や影響が最も精度が高く、多様性も網羅されているはず。肝心なのはデータマイニングと口コミどちらがいいかではなく、全ての良い部分と悪い部分を理解するのが重要だと思いました。

●データ分析を駆使した素人に敗北する専門家

この本のテーマともいうべき部分。世の中の専門家は長年の経験や直感を信仰するあまり、客観的なデータでの検証を軽視しすぎていると批判しています。その結果、ワインの品質を予想する専門家が、収穫時期の天候を元に品質を分析する分析屋に完全敗北するエピソードなどが面白いです。

長年の経験や権威を重視する代表格が医者。なぜならコンピュータによる分析が医者の経験に勝ることになってしまうと、自分達の既得利権を脅かす存在になってしまうから。

逆に、データ分析の有効性をドンドン取り入れようとするのがビジネスの分野。ここでは有効な手法であれば取り込まないとすぐにライバルに出し抜かれてしまいます。この対比が読んでて面白かった。

データ分析とはちょっと関係ないけど、ここであらためて思ったのが今まで培ったものを否定する必要性。これは自分が当事者になってみたらそう簡単なことではないはず。今まで培ってきた経験による予測の精度がコンピュータにコロリと負けると否定したくもなるってもんです。

ただ、ここで長年の経験による直感とデータ分析を組み合わせることができれば引く手あまたの名医となれるんじゃないかなあと思いました。まあ、実際は政治的要素とかしがらみとかたくさんありそうですが。

●コンピュータにできない人間の強みは仮説を立てること

「人間に残された一番重要なことは、頭や直感を使って統計分析にどの変数を入れる、入れるべきでないか推測することだ。」

いくら統計分析が優れた手法であってもそれをどの場面で使えばよいか、どのように使えばよいかには人間が考えるしかないということ。逆にいえば、コンピュータが得意な分野はコンピュータに任せ、人間が優位な分野を強めていけばよいと改めて思います。

さらに、統計の元になったデータは適切な過程で集められたデータかどうかもやっぱり人間でないと判断できない分野。

街頭調査ひとつをとっても、質問の仕方を変えるだけで回答者の返答が大幅に変わってきます。このことは以前読んだ「鈴木敏文の統計心理学」でも“ゴミデータが新たなゴミデータを作り出す」と指摘されていた。

今後ますますコンピュータが進化する社会において、人間にしかできないことは何かと考えさせられるよい本でありました。