【書評】服従実験


拷問読書

今週3冊目。累計79冊目。社会のどこにでも見られる服従という行為。人間が権威に服従する仕組みを解き明かそうと、ハーバード大学教授であり社会心理学者のミルグラムが行った「服従実験」の本。

自分の意志で考えることや権威を疑うことの大切さ、どういった状況で自らの思考が停止してしまうかを考え直すことができるよい本です。

何も知らずに連れてこられた被験者は、実験者の指示で電気イスに縛られている人に電流を流すボタンを押す。驚くべき事に、大半の人達は実験者の指示があれば、目の前に人が止めてくれと苦しんでいても嫌々ながらボタンを押し続けた。

「責任は私がとります。」、「ボタンを押してもらわないと困ります」などの言葉で簡単に人々が権威に服従してしまう。ちなみに、電流は実際に流れてなく、雇われた役者がイスに座って電流に苦しむ演技をしています。

この実験で分かった結論をネタバレしてしまうと、「人の行動を決めるのは、その人がどういう人物かということではなく、その人がどういう状況に置かれるか」ということ。服従するという行為は、その人の人格的な要素が大きいと思われがちですが、実際は違うんですよといったことを様々な実験で裏付けています。

■なぜ服従するのか p168



本書でダントツに面白い部分はここ!人が進化する過程で生存していくには集団でまとまる必要があった。そのため、集団が効率よく働くには、命令するものと服従するものが分けられる組織が必要となる。ということで、服従するのは人間の本能ですよというオチ。

こうなってくると、社会一般的に間違った行為をした人を糾弾する時に、その行為そのものだけを取り出して非難するのは間違っていることになります。その時の時代背景、その人が置かれていた状況をじっくり検証しないといけなくなる。

人を殺すという行為自体も、戦争中なら合法だし、戦争でなくとも正当防衛だと合法。自分に責任がないという状況では、自分の行為の意味を考えることを止めてしまう。

自分は命令されたことを実行しているという状況になった時、命令している権威に対しては責任を感じるのに、権威が命じる行動の中身については責任を感じなくなるそうです。こういったことは日常で自分がしている行動の端々で思い当たるふしがある。

■結局どうすればいいのか?

さて、権威に盲目的に従うことはいかんとは分かっていても、どうすればいいんでしょうか。自分が思うに、自分で決めるならこうするけど、今は権威に逆らうと面倒になるので言われたとおりにやっておこうというパターンが一番多いと思う。

例えば、サラ金の取り立てをしている人は、これ以上相手を追い込むと自殺するかもしれないと思いつつも上司の命令を優先するという状況は多くあるはず。上司に逆らうと自分の立場が悪くなるし、なにより仕事だと割り切って行動すると良心が痛まず服従状態になることができる。

「服従実験」を受けた被験者たちは、大半がこの実験を受けることによって人生観が大きく変わったとか、これからは権威に服従しないように自らの意志を大切にするようにすると書いています。

ただ、そういう部分を読んでいると、「イヤイヤそれは無理だろう」と考えてしまう。今は自分の意志をつらぬく大切さを感じたとしても、権威に従うのが圧倒的に不利になる状態に遭遇すれば結局は逆らえず服従状態になっちゃうはず。

そもそも本書の結論は、「人が服従してしまうとき、人格的な要素は大きくなくてその人が置かれている状況によるものが大きい」でした。となると、結論は「自分の良心とは異なる状況で、権威への服従状態が発生するような状況から出来るかぎり遠ざかる」となるのではないかと思うわけです。

例えば、自分の良心に反することをしなければならない仕事は避けるとか、命令されないけど責任は全部自分で負うフリーランサーになるとか。

ちょっと本の主旨と大幅にずれている気もしますが、できるだけ服従しない人生は大変ですな。。


【書評】羽生善治・決断力


拷問読書

今週2冊目。累計78冊目。経営者や戦略コンサルといった人達にメチャクチャ人気のある羽生善治氏。将棋というゲームの戦略性や、それについての考え方にビジネスとの共通点モリモリなんだと思います。

ということで、アマゾンで「羽生善治」と検索し、もっとも評価が高かった本書を読んでみたら、読みやすくて面白い。人にも勧めやすい。将棋を知っていなくても読めるし、知っていればもっと楽しめる。

■勝負には周りからの信用が大切だ p45

プロの将棋は、公正に、対等の条件で戦われているわけではないらしい。そこには、周りからの期待や仲間に信用されることが大切。関係者から期待をかけられるとホームゲームを戦っているような気分で戦える。仲間に信用されるということは、そのまま相手に自分は強いと思われることとなる。

その時点で勝負への影響は計り知れないものになる。プロの将棋はどちらがいい手を打ったかより、99%はどちらがミスをしたかで決まるらしい。そのため、自分からの相手へのプレッシャー、周りからのプレッシャーが大きな意味を持ち、相手に「もうダメだ」といった気持ちを少しでも感じさせることが勝負において重要となるようです。

ここを読んでいて思い出したのが、漫画スラムダンクの話。優勝候補の山王高校戦で主人公のいる高校はリードを奪う。監督の安西先生は、このまま進めば、今は試合展開が面白いと思って自分たちを応援している観客もいずれ山王高校を応援する雰囲気になる。

それは、王者が負けてはならない、優勝候補がこんなとこでつまずいてはダメだという意識が観客にあるからだと説明し、そのプレッシャーに打ち勝たなければこの勝負には勝てないんだと選手に言い聞かせる。

ここはスラムダンクの話でもかなり好きな場面です。ようは、日頃から実力を磨き、周りからの信用を勝ち取ることが大切だということですな。

■深い集中力は、海に深く潜るステップと同じ p88

羽生氏が集中力を高める時は、スキンダイビングで海に潜る間隔と似ているらしい。ゆっくりと水圧に体を慣らしながら潜るように、集中力もだんだんと深める。そのステップを省略すると深い集中の域に到達できない。

段階をうまく踏むことができると、非常に深く集中できて、もうもとにもどれなくなるのでは?と恐怖するほど深い集中にまで行くこともあるそうな。

といっても、集中しろ!と言われてできるものではない。それに必要なのは、興味を持つ意識、打ち込める環境、頭の中で空白をつくることが必要らしい。

特に自分に必要だと感じたのは、3つめの頭の中で空白をつくる時間。とにかく、ぼんやりとする時間を意識的に作る必要があると最近感じでいる所存であります。頭の中をリセットする意味でも、自然が多いところで散歩というのがベストかと。ちなみに、1人で行くということが結構重要だったりします。



■近道思考で手にいれたものはメッキがはげやすい p153

羽生氏の勉強方法は初心者のころと変わらない。

・アイデアを思い浮かべる

・それがうまくいくか細かく調べる

・実践で実行する

・検証、反省する

この4つのプロセスを繰り返すことが力をつけるポイントであるけれど、今の時代は便利になり情報が溢れてしまっている。近道がたくさんあるらしい。でも、遠回りすると目標までの到達課程で思わぬ発見や出会いがあるという。

プロ同士、二、三人で一緒に研究したほうがある特定の局面が問題になったときなどは、はるかに早く理解できる。だからといって、全面的に頼ると自分の力として勝負の場では生かせない。基本は、自分の力で一から考え自分で結論を出すことが重要とのこと。

この本は読みやすいし、面白いのでお勧めです。


【書評】イノベーションのジレンマ


拷問読書

今週2冊目。累計75冊目。名書だけあって期待どおりのおもしろさ。イノベーションにおける発想の転換を教えてくれる。顧客の声を聞き、正しい技術革新を推し進めた企業がなぜ失敗するのか?という疑問に初めて答えを提供した本。(らしい)

●持続的イノベーションと破壊的イノベーション

本書のテーマはこの2つの関係。既存製品の顧客の要望を聞き、バージョンアップして良いものを作り出すのが持続的イノベーション。こちらは収益性が確実に見込まれるため企業が採用しやすい。従来の製品とはまったく違った視点で新しい製品を提供するのが破壊的イノベーション。新しい市場のために収益性も将来性も不透明。

ところが、企業が持続的イノベーションによって正しい技術革新を推し進めていると思っていた時に、破壊的イノベーションを採用したライバルに敗れ去ることがよくある。

最近の例でたとえてみると、PS3は持続的イノベーションの製品で、Wiiは破壊的イノベーションの製品だと思う。前者はグラフィックや処理速度を向上させるというユーザーの声を反映した進歩を遂げている。Wiiは製品の性能は劣るけど、PS3が想定していなかった家族層やヨガやダンスなどをしたい一般層を取り込んでいるので破壊的イノベーションの枠に入る。

また、DVD→Blue-rayといった進歩が持続的イノベーションなら、youtubeとかニコニコ動画は破壊的イノベーションになると思う。従来の技術を発達させた製品を提供しながら、他の破壊的な新商品に負けてしまう課程がおもしろい。

ちなみに、僕にとってWiiはライトすぎてまったく満足できないのでPS3にもっと頑張ってほしい。でも、寝ころびながらできるNintendoDSは欲しい。

●存在しない市場は分析できない

破壊的イノベーションが狙うのは新しい市場。新しい市場なので、今までの事例はないし調査もできない。そのため収益予測がたてられずリスクが高い。結果的に慣習が発達した大企業ほど採用しにくい手段になってしまう。

こういった部分を読んでいて思い出したのが、スティーブジョブスの流儀に書いてあった「顧客の声は聞くな」という話。顧客の声を重視しすぎると既存の製品を基準に考えてしまうので、結局はバージョンアップ製品に流れてしまう。本当に欲しい物はそれを見せられるまでわからないことが多い。

「顧客の声を聞くな」という精神は、破壊的イノベーションをわき出させるのに必要な考え方なんだと思う。

●大企業では難しい

収益性が見えず予測が立てられない新規事業を大企業で実現するのは難しい。まず、提案書を出した時に収支予測がないと説得できないんじゃないでしょうか。さらに、そのアイデア自体が自分の会社が持続的にバージョンアップしてきた製品を否定するものであればなおさら。

いっそのこと、大企業で「破壊的イノベーション部」とかいう部署を作ったらどうだろうか。その部署ではひたすら従来とは違った視点の製品を作ることを仕事として、自社企業の製品を否定するようなものを作ってもよいとする。収益性は当たれば儲けものぐらいの意識で、他社の破壊的技術を先に研究しておくという存在意義を持つ部署とか。不況でまっさきにカットされそうですが。


【書評】人を殺すとはどういうことか


拷問読書

今週1冊目。累計74冊目。信念の強さ、恐ろしさがよく分かる本。この本は現在も無期懲役で服役している受刑者が書いている。著者はIQ値が非常に高く、元経営者でもあり元ヤクザでもある。自らが殺人を起こした動機も信念に乗っ取ったもので、その時の状況や心境と、それを後悔して懺悔する模様も描いています。

小さい頃からどんなことにでも興味を持つ著者は、殺人犯のみが収容されている場所でさまざまな殺人犯を観察する。大半の受刑者が自らの犯した殺人に対して何の反省もなく、普通の道徳心が欠如した人々だという感想も本に記しています。

●著者が殺人を犯すまで

著者は小さいころから成績は常に一番でクラスのリーダー格だった。ヤクザ稼業、金融業、不動産業などで年収も億単位稼いでいながら、自ら殺人を起こしたのは著者自身の信念からです。殺人も入念に計画されたもので自分に対して不誠実であった相手を殺したもの。

筆者の信念の強さは強烈でそのことが長所になり仕事でも大成功を収めるが、逆にその性格から殺人を犯すということに抵抗感がなくなってしまったようです。誰に命令されたわけでもなく、望めば部下にやらせることもできた。それでも、自ら殺すのが道理であるという信念に従い殺人を犯します。

著者の強烈な個性と、自らの信念への服従心は恐ろしいものがある。人間は何か理由があれば人殺しも簡単にしてしまうものらしいが、自分の信念が著者自身を動かすというエネルギーの強さがすごい。この信念というものはプラスに働けば最大の長所になり、マイナスに働けば殺人を平気で犯してしまう危険な存在となってしまう。



●著者に大きな影響を与えた父

この強烈な個性を持った著者の人格を形作ったのが、これまた強烈な個性を持つ著者の父です。暴力金融の親玉的存在で、傷害事件を何度も犯した凶暴な人物。約束を守れ、嘘をつくなということを子どもの頃から著者に教え込む。

人格形成には親の影響がもっとも大きいのだと思いますが、本書を読むとそのことがよく分かる。不誠実な対応を見せた債務者を事務所で自ら暴行し、それを小さかった著者に見せる。とにかく約束を守るということの大切さを強烈なすりこみで小学生だった著者に教育します。

この本を読んで感じたのは、子どもの頃の道徳教育の大切さ。でも、それは道徳教育を学校で重視するべきという意味でもない。学校での道徳教育を無意味だとは言わないまでも、ほんの数時間の授業で影響を持たせるのは難しい。

子どもは親の背中を見て育つとよく言いますがそのとおりだと思う。人格形成には他人の影響がとても大きく、特に親の影響は計り知れない。小さい頃の道徳教育は大切ですが、口で説明するのはとても難しい。なにより、口で綺麗なことを言っていながら親が矛盾した行動を取っていては説得力がない。

つまり、親の普段の行動や言動ひとつひとつが積み重なって、子どもへの道徳教育の基盤が形成されていくのではないかと思うわけです。何が正しくて、何が間違っているかなんて子どもに説明するのは難しすぎる。「なぜ人を殺してはいけないか?」という問いに偉い学者さんたちも明確に答えられないわけで、それを論理的に子どもへ説明できる親はまずいない。

子どもの人格形成には親がもっとも影響し、道徳教育には親の言動と行動の積み重ねが大切だという当たり前の結論に達した本でした。


【書評】なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学


拷問読書

今週3冊目。累計73冊目。顧客行動を徹底的に分析し、店舗経営の改善案を助言するエンバイロセルという会社があります。そのエンバイロセルの創業者であるパコ・アンダーヒルがショッピングの科学を解説したのが本書。

ちなみに日本では、店舗にカメラを設置し、顧客行動を分析してデータを提供するMideeという会社があります。ここは本部にいながら店舗状況を観察、見たい場所にカメラを移動させズーム表示させたりできるShopViewというサービスまで提供している。実際のデモを見てみると分かるけど、ハリウッド映画さながらの光景。

どちらにも共通するのが、今までのPOSデータや販売データでは見えてこないデータを取り扱っているところ。従来のようにどの商品がいつ売れたというデータだけでなく、商品を買わなかった顧客の動きや特性(年齢や性別、2人組かなど)、どんな客層が商品を手にとったか、どのぐらい店に滞在していたかといったデータを分析している。

エンバイロセルでは顧客行動を分析するため、実際の店舗に人を送り込み、客に気づかれないように顧客行動を詳細にメモする。それによって、商品の陳列棚の適切な位置、客が近づきたがらない場所とその理由、顧客が購買行動に移るまでのプロセスを分析する。

P52

「すべての人間には共通した生理学的、解剖学的な能力と傾向と限界と欲求があり、ショッピング環境はこうした特徴に合わせなければならない。~略~。人間という機械がどのような構造で、その行動が生理的、解剖学的にいかに規定されているかについて、ショッピング環境をととのえる側が認識しそこね、対応しそこねていることを暴露することがわれわれの業務の大半を占めている。」

この本で書かれている店舗改善の提案はどれも当たり前に聞こえることが多い。それでも、その当たり前を認識する前は、ごく単純なことに気づかない店舗が大半らしい。

●ヒトの行動メカニズム P99

人は鏡を見ると減速し、銀行を見ると足を早める。銀行のウインドウはつまらないし、銀行へ行くのが好きな人間はめったにいない。でも鏡のほうは退屈しない。だから、店を出すときには金融機関の隣を避ける。他にも、人が歩くとかならず右に片寄ったり、物を取るときに右側に手を出すため、商品の陳列棚の右側のスペースは一等地になる。

客を立ち止まらせたい場所には鏡を配置しろ!ということですな。

●若者の独特な買い物パターン P206

ジーンズの販売状況に関する調査を通して独特のパターンが発見された。若者同士のグループは親と同伴してきた若者に比べて売り場で過ごす時間が長かった。ただし、購入した人々の割合は若者同士が13%に対し、親子連れでは25%だった。

ここから何が分かったか?

若者は友達と連れだって一種の下見をしていて、両親とともにふたたび店を訪ねる。親と一緒に買い物をしている姿を見られないよう、そそくさと買い物をすませるというような若者の行動パターンが発見された。

こうやって、顧客の年齢層や滞在時間、購買行動に移った顧客の割合をデータ化することにより、今まで見えてこなかった実態が見える事例がたくさん書いてありおもしろい。

●店内で起こることを経営に反映させる P339

「企業の経営陣が危険に気づかないで自己満足にひたるのを避ける最良の方法は、店内の売り場と、そこで起こることの決定権を握る人達とのあいだの距離をなくしてしまうことである。つまり、もっとも賢い経営方針は、店長レベルの人間にもっと責任と権限をもたせることなのだ。」

上記は本書の結論のひとつでもある主張ですが、実際の店舗で起こっていることを経営方針を考えている人達にも伝えないといけないといった主旨。それは、よかれと思ってやった陳列棚の配置や特定の商品の置き場所が、分析結果を見てみるとまったく効果がなかったという経験則からきているのだと思います。

店舗の徹底的な分析によりできることは企業の戦略より戦術の微調整。戦略ばかりに目がいってしまった店舗経営の戦術部分を洗い直し、企業トップが考えた店舗経営方法と現場でのズレを修正する。

店舗に潜むスパイと雑誌に紹介されたこともあるそうですが、顧客行動をここまで徹底的に分析した本を読んだのは初めて。ショッピングモールやいろいろな店舗に行く時の視点が増えておもしろい。


【書評】観想力 空気はなぜ透明か


拷問読書

今週2冊目。累計72冊目。突破するアイデア力「正しく決める力」など今まで読んだ本でハズレはなかった三谷さんの本。本書もやっぱり面白かった。

最初のほうは「マイクロソフトの面接試験」みたいに答えのない問題の紹介を例示して、思考法の話から始まります。そういう内容で進むのかなと思っていたら、途中からはいろいろな企業のマーケティング戦略紹介本といった話だった。

「本書1冊13万余文字、紙媒体での一方的コミュニケーションでどこまでこれら観想力の極意を伝えられるだろうか。それは私の表現力の問題でもあり、皆さんの読解力の問題でもある。いや、もちろん、簡単に伝授できてしまうようなスキルであっては困ったものだ。経営戦略コンサルタントはこれを、職業上の最大の差別化要素としているのだから。」

これは、まえがきの一文。毎回思うのですが、三谷さんの本はこういうつかみのような書き方が抜群に上手い。読み始める初期段階で、読者を惹きつけるような文言が出てくる。本書の中でも戦略コンサルはなめられては負けだと書いていますが、序盤からいい意味でハッタリが効いている。

●ヒトは発生率ではなく致死率を嫌う、自律ではなく他律を嫌う

この内容は行動経済学系の本でもおなじみ。例えば、交通事故による死亡リスクは

「事故発生率×事故での死亡率」。この計算率からすると、自動車事故のほうが航空機事故による死亡リスクより圧倒的に高い。

でも、ヒトは死亡率の項目である致死率の高いほうを嫌う。さらには、自律的である自動車事故より、他律的である飛行機事故を極端に嫌う。このように感情を優先することから人間はリスクを正確に判断できない。

「好き嫌いで議論して良い結論に至ることなど、ない。皆分かっているが、実際ほとんどの議論は好悪関係に支配されている。」

このことを避けるためには、今、自分は好き嫌いで考えていないかと自問し続けるしかないとのこと。自分としては、好き嫌いで考えてよいものと、好き嫌いで考えると危険なものがあると考えております。当たり前の話なんですが。

例えば、自分の趣味や趣向のようなものは好き嫌いで考えるべきで、合理的に考えたうえでしている趣味なんて誰も持ってないはず。逆に、損得を考えるときこそ、好き嫌いで考えていないかを常に自問するとよいと思う。

キャンペーン中の電化製品の購入を検討している時なんか、広告の文字や売り場の雰囲気、店員の売り文句などで正常な判断ができない状況がドンドン作られてゆく。こういう時こそ上記の考え方を思い出せば、その場の感情で判断を鈍らせることへのブレーキになるかもしれないなと。

●羽生善治の話 p122

経営とか戦略系の本でよく出てくる天才棋士、羽生善治の話。戦略コンサルのほとんどが羽生義治ファンなんじゃないかと思うぐらいよく出てきます。将棋を指す時の思考方法だったり、戦略だったりなど参考になる部分が大いにあるのだと思う。

羽生さんが登場してくるまで、将棋界の棋士たちはみんな自分の得意な戦法を持っていて、いかにその戦法に持って行くかの勝負だった。そこに羽生さんが登場し、どの戦法も高いレベルで使いこなし、いかに相手の苦手な戦法をついたり弱点をつくというような戦法で勝ち続ける。

自分が負けそうな展開ではわざと戦局を混沌とした方向へ持って行き、展開をぐちゃぐちゃにした上で相手のミスを待つ。

「争点がはっきりしているとそこを攻められるので、なるべき混沌とした状況を作り出せば勝機が出てくる場合もあります」

自分の有利な局面でなければ、まずは勝機の見える状況を作りだす。自分の好きな格闘技でも、相手を研究して弱点を攻めるタイプと、相手のビデオは見ずに自分の強みを出すことに専念するタイプがいます。現在、日本人の総合格闘家で一番波に乗っている青木選手や、柔道で金メダルを取った石井選手はどちらも前者のタイプ。

まあ、総合格闘技という競技自体たくさんのバックグラウンドを持った選手が集まってきているので、相手が立ち技系なら寝技で攻め、相手が寝技系なら立ち技で攻めるという戦法が常識なんですが。

情報化時代と技術の進歩により、自分だけを見ずに、相手の弱みと自分の強みを意識する必要性を認識できた話でした。


【書評】戦略プロフェッショナル


拷問読書

今週1冊目。累計71冊目。著者はBCG日本支社の日本人コンサルタント第一号。本書のテーマは大企業の企業再生で、実際にあった話を元にストーリー形式で書かれています。大企業の話をもとにしているので、スケールは大きいけど結構分かりやすい。内容は特に目新しくもないので、そこまでおもしろいわけでもなかった。ただ、導入部分の戦略コンサルの誕生話や日本で浸透していった経緯はおもしろいです。

●とにかくターゲット絞り

この本で書いていることは、とにかくターゲットを絞ってそこに集中攻撃する課程。戦略論の大半はぶっちゃけこれしかないんじゃないかと最近感じてきた。絞るためには何かを捨てないといけないわけですが、何を捨てるべきかも難しい。ターゲットを絞ると口で言うのは簡単ですが、どこに絞ればいいのか見つけるのが結局大変なんだなと最近は思います。

逆に、絞る要素を見つけられたらどう集中すればいいかだけなので、後は楽っちゃ楽な気もする。まあ、そのターゲットが間違っている場合もありますが。例えば、小さい頃から将来やりたいことが見つかっている人は、そこに絞って努力すればいい。でも、その将来やりたいことっていうのが明確に決まっている人が世の中に何人いるかといえば、ほとんどの人が決まってないのではないかと思うわけです。

判断材料がない状態でやりたいことを見つけられるわけはないので、いろいろなことを経験するという単純な方法しかなかったりする。企業が自社のターゲットを絞る時もまずは市場調査であったり、仮説を元にしぼった箇所に挑戦して試したりとまったく一緒。将来働きたい業界がある程度決まったら、その業界が本当に自分に合っているかを研究しないといけないわけだし。

ということで、戦略論というのは就職活動をしている学生の人にぴったりのテーマだと常日頃から思うのですがどうなんでしょう。授業をつまらなそうに聞いている学生も、就活や将来の仕事を決める話と絡めると一気に興味が出るはずだと悶々と思っている今日この頃。



●残念ながら削られた泥臭い話

実際にあった話をテーマにしますが、企業との秘密事項は絶対のコンサル的な立場から話自体は綺麗にまとまりすぎているのが残念なところ。実際は、いくら合理的でも組織の体制や古い慣習にこだわる内部との戦いとか、泥臭い政治ゲームとかあったらしい。ここが出版の関係上ざっくりそぎ落とされていて、本書は綺麗な部分だけ書いていると巻末にも書かれています。

戦略コンサルタントといえば企業にやってきて企画や経営方針の立案とかするカッコイイイメージが大きいのですが、実際のところ受け入れ企業からすると偉そうなことをいう外部者がなんかやってきたというイメージが強いらしい。一番難しいのはその信頼関係みたいなものの構築だったり、内部でのもめ事の調整だったりとか。こういうことを外資戦略コンサルの人に最近聞く機会があり、やっぱりそうなんだと最近実感しました。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。 」という夏目漱石の草枕の有名な言葉がありますが、まさにこれを常に感じるのが戦略プロフェッショナルの方々なんだなあ。


【書評】定量分析


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今週3冊目。累計70冊目。僕は文系で数学が大の苦手であります。受験は私大で数学なし。高校も数学の成績はいっつもビリ。ただ、最近になって統計学に興味を持ったり数学者の伝記を読んだりして数学への興味が出てきた。いまさら理系に進めばよかったなあと後悔しています。

自分の興味のある経営の分野で使う数学となると、最近流行りのデータマイニングや回帰分析、限界利益、機会費用などの項目。このへんの知識を、文系の人にも分かりやすく説明しているありがたい本が本書。難しい数式はなく文字が多いので文系にも優しい。実際のところ、数学ではなく算数が分かれば理解できるかもしれない。教科書的な本なので読むのにはそこそこ時間がかかりましたが、コンビニ店経営の事例を使っていて分かりやすく、内容が面白い。

●合理的意志決定

この本のテーマはいかに合理的意志決定をするか。そのための様々な方法を紹介するというもの。例えば、なんとなく分かっていた気がしていた機会費用。機会費用といえば、何かをする費用ではなく、何かを出来なかった費用のことです。この機会費用の説明で社員研修の例を用いています。

「企業が社員研修を行う時、休日手当を払ってでもなぜ休日に行うことが多いのか?」

休日に社員を出勤させるための休日手当、交通費などの費用。平日に社員を研修させた場合、社員が生み出していた利益ロス。この2つを比べると、後者のほうが前者より高くつくことが多い。こういった事柄を、問題形式や図表を使って説明されています。

機会費用のことはある程度知っていても、企業の研修費用といった新しい例題で読むと理解が深まった気がします。機会費用は普段の生活でも当てはまる部分はたくさんあると思うのですが、その中でもよくあるのが「時間を買う」という考え方だと思う。

例えば、社長さんは時間が重要なので長距離バスより新幹線。学生はお金がないので新幹線より長距離バス。前者は時間を買っていて、後者は時間を売っている。自分は貧乏なので、なかなか時間をお金で買う選択肢がないのが悲しいところです。。貧乏でも借金して将来のために時間を買え!という考えは持っているのですが。

●確実性のもとでの意志決定

合理的意志決定方法の考え方の後は、ほぼ確実に予想できる数字にもとづいた時の判断方法が書かれています。ここまでは、どの手順を選んだらどの結果が出るかがはっきりしているので分かりやすい。

例えば、祭りの時に出店を出すことになり、店員数を選ぶ問題があります。

1人定員を雇うのに250の費用がかかる。

定員数1人→人件費前利益700→生産性700→人件費後利益450→限界生産性700

定員数2人→人件費前利益1,100→生産性550→人件費後利益600→限界生産性400

定員数3人→人件費前利益1,300→生産性433→人件費後利益550→限界生産性200

この例でとると、生産性が一番高いのは定員1人の時。アルバイトにとっては大変だけど、1人だったらこき使えるといった感じ。定員2人になるとアルバイトの負担は少なくなって、1人あたりの生産性は下がるけどトータルの利益は増える。

この時に重要なのはアルバイト1人当たりの生産性ではなく、人権費後の利益が最大になる方法を選ぶこと。結局、定員2人が最も合理的だという結論に達します。まあ、普通に考えれば当たり前のことなんですが、手段が目的になったり、木を見て森を見ずになったりすることは自分の経験で何度もありました。この後に説明される限界効率の問題も面白かった。

最後の章には不確実性のもとでの意志決定の話が出てくる。結局、世の中では不確実なことが大半なのでここが一番重要なのですが、できるだけリスクを少なくする合理的方法というものが書かれています。

いくつかの選択肢がある時、どれが一番お得かということの根拠を探す方法をこの本では教えてくれます。どれがお得か分からないからだいたいで決めたり、直感的に決めたりすることが多い自分にとってはありがたい本であります。定量分析ってよく聞くけど、もひとつなんのことかわからないってな人にもお勧め。


【書評】八月の砲声


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今週1,2冊目。累計68,69冊目。第一次世界大戦の始まりを描く大書。1963年ピューリッツァー賞受賞。面白い映画や本というのはたいていもう一度読みたくなります。特に内容が難しかった場合はすぐに最初から確認したくなる。映画ではエターナルサンシャインとかメメントで、小説では坂の上の雲。

その中でも特にこの本は読み終わった直後に最初から読み返したくなりました。面白いというのはもちろんだけど、内容が複雑で難しく、一度読んだだけではなかなか理解しがたい。歴史の細かい事例をネットで調べながら読むのに最適。

本書では予定通りに物事が進まないというありふれた出来事が、世界大戦というスケールで書かれています。戦争を早く終わらせようと思いながらも、膨大なお金や資源を投入してしまい完全に後には引けなくなる各国の首脳陣。ケネディ大統領は、この本を側近達全員に読ませてキューバ危機を乗り切ったらしい。

●戦争の残虐性

本書では、ベルギーに侵攻したドイツ軍の残虐性がかなりクローズアップされています。フランスに攻め入るためには、ベルギーを通過しなければならない。ドイツ軍に残虐行為を行う口実を与えないため、ベルギーの町では武器となるものをすべて渡し出す。

それでもテロ行為の指示をしたという口実でベルギーの司祭を見せしめで殺し、村人を人質にとってテロが発生しだい殺すということもします。ベルギー人も一般人のふりをして、ドイツ兵を家の中から狙撃したりとゲリラ戦で抵抗する。結果的にベルギーの村という村は焼き尽くされ、一般市民がみせしめにどんどん処刑されていきます。

こういった行為は戦争という極限状態ではよくあることらしいですが、当時の模様を淡々と描かれる本を真剣に読んだのは初めてでした。テロ行為や報復を恐れて住民を皆殺しにするのだと心理が、戦争中にはどんどん広がるものらしい。

この反省を生かし、時代が進むにつれて戦争時の残虐行為に厳しい処罰を科すようになる国は増えていくのですが、今でも似たような状況で残虐行為は行われることが多いはず。

戦争を経験したことがないので、完全な妄想で状況を考えてみます。

例えば、日本と北朝鮮が戦争するとする。北朝鮮の人々はみな日本に対して敵意をむき出しの感情を持っている。5人で行動していた時に8人の不振な動きをしていた北朝鮮人市民を拘束した。全員を監視仕切れないし、突然市民が豹変していつ襲われるかは分からない。

こうなると、やられるかもという恐怖と集団心理が働いて、ごく普通の人でも残虐行為に走ってしまうのかなあと思っています。さらに、その状況で一人反対意見をとなえると、密告される恐れから仲間内のリンチを受ける可能性もある。

こういった恐ろしい極限状態を作り出す戦争がどのような課程で広がっていくか。それを時系列で細かく描かれています。

●本書は大戦初期の1ヶ月の話

上下巻合わせて1000ページ近いのに、第一次世界大戦の初期の模様しか描かれていません。それだけ最初の1ヶ月が重要だという著者の認識なのかは分かりませんが、短い期間に起こった事柄を濃密に書いています。面白いのは戦争にかかわった様々な視点から描かれていること。同盟を結んだり、歴史的にも仲の良かったアメリカとイギリスの関係などもありますが、基本的にどの国も自国のことしか考えていません。

イギリスはフランスとドイツのどちらの味方につくかを迷い、先にベルギーに侵攻した国を敵とみなす方針を打ち出す。ドイツは、フランスへ素早く攻め入るためにベルギーへの協力をあおぐ。この本ではあまりにたくさんの登場人物や地名が出てくるので、途中で誰が誰だか混乱するぐらいです。

特に面白いのがドイツ軍に押され、パリを離れるかどうかを検討しているフランス政府首脳陣の話。その時点でフランス国民は、自国がそこまでドイツに押されているとは感じていない。政府首脳陣がパリから逃げ出すとなると、国民に大きな動揺が生じる。でも、このままではドイツ軍が侵攻してきて、フランスの閣僚達の身が危険になる。

同盟国のイギリスも、自分たちの血は出来るだけ流したくないのであまりやる気がない。フランスの指揮官は、なんとかマルヌ会戦にイギリス軍の参加を取り付けるため必死の演説をします。様子を見ていたアメリカもドイツの残虐性を無視できなくなり、参戦に傾いていく。

短期決戦で終わるはずだった戦争が各国の誤算でどんどん泥沼に陥っていきます。本書の見所は、どの国も自国に有利になるように考えながら慎重に行動しつつも、実際に戦争が起こると数々の誤算が嵐のように押し寄せてくるところ。

綿密な予定を立ててもそう上手くは行かないのが世の常だとは思うのですが、世界大戦というスケールで起こった史実は、どんな失敗のエピソードよりもスケール感が違います。


【書評】ご冗談でしょう、ファインマンさん


拷問読書 拷問読書

今週3,4冊目。累計66,67冊目。ノーベル賞を受賞した物理学者ファインマンの自叙伝。かなり期待して読み始めましたが期待以上でした。あらゆる分野の人にお勧めできる素晴らしい本。

権威を徹底的に嫌い、つねに愉快なイタズラをたくらむファインマン先生。好奇心の塊のような頭脳を持ち、あらゆる事に興味を持って人生を楽しむ様子が楽しい。催眠術をかけられる助手に立候補する大学時代、研究所で金庫破りの名人になった話、ドラムや絵描きに目覚める話など魅力的なエピソードが盛りだくさん。

もちろん科学の話も出てきますが、難解な数式などは出てこないので文系でも心配なく読める。読み終わると世の中のあらゆる事象に対する好奇心がアップすること間違いなし。

●登場人物もオールスター

ファインマン先生がまだ駆け出しの頃、大学で講義することに。研究テーマが面白いという噂を聞きつけやってきたのが、アインシュタイン、世界で最もかしこい男と呼ばれたノイマン、オッペンハイマーなどのそうそうたる面子。自分が板書して何度も計算しなければ解けない公式を、出席者たちは頭の中ですぐ答えを出してしまう。若き日のファインマン先生が興奮する模様などが描かれています。

●科学の教科書を選定する

専門の物理学者の意見も欲しいということで、教科書の選定委員に選ばれるファインマン先生。ここで先生は教科書の内容に驚愕します。そこは計算する意味を持たないものを計算させ、ただ意味を理解しないまま暗記させるような内容であふれていた。ほぼすべての教科書に対し論理的な説明を持って辛口の採点をする話、接待攻勢をもちかける教科書業者への対応などが面白い。

●科学者の倫理

本書の最後には、ファインマン先生の考える科学者の倫理感の話があります。ここが本書のクライマックスですが、この演説の内容が最高によい。世の中にはびこるエセ科学への批判に始まり、「科学者が自分に正直になることの大切さ」を説いています。

科学者が自分の仮説を立てて実験でそれを検証する。ところが、その実験で自分の仮説と合致する結果が出ると、そこで実験を終えてしまう人が非常に多い。もう一度同じ実験をすると、まったく違った結果が出るかもしれないのにそれを怠る。

「科学的良心、すなわち徹底的な正直さともいうべき科学的な考え方の根本原理。もし実験をする場合、その実験の結果を無効にしてしまうかもしれないことまでも、一つ残らず報告するべきなのです。」

似たような考え方は生物と無生物のあいだ にもあり、そこでは他人の論文を選定している科学者が、他人の研究結果を盗んでしまいがちなシステムの危うさまで言及されていました。

ファインマン先生の、驚く心を失わず、人の目を気にしない生き方は読んでいて痛快です。