【書評】さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白


拷問読書

今週3冊目。累計85冊目。郵政民営化、公務員制度改革などを推し進め、財務省を完全に敵に回した男の告白本。官僚社会や当時の政治改革の裏話を包み隠さず語っていて、相当読み応えがある。

官僚体制を徹底的に批判し、当時の郵政民営化や公務員制度改革案に反対した人たちへの反論も理にかなってておもしろい。竹中改革の政策チームに関わっていた時から、財務省へは戻れない状態だったらしいけど、そうであるからこそこういう本も出せたのだと思う。

それもこれも、財務省に戻れなくなっても未練がないという立場があってこそ。組織に属さなくても生きていけるほど実力がある人は強いなと感じる一冊。もともと旧体制派に相当恨まれているのに、こんな本出してしまったらヤバイんじゃないかと思うぐらい暴露している本です。

現在は大学の教授をしているんだろうなと思ってネットで著者の名前を検索したら、先月に置き引きで書類送検されていた!本人は容疑を認めているみたいだけど、恨みを買った組織にはめられたんじゃないかと疑ってしまうのは自然の流れ。

ホリエモンや手鏡で有名になった植草さんは容疑を認めず徹底抗戦しましたが、高橋さんの場合は容疑を認めたほうが被害が少ないと判断したんじゃないかなあとうがった見方をしてしまう。

罪を認めれば軽犯罪として扱ってすぐ釈放される。もし徹底抗戦したらしばらく抑留され、精神的にもまいらされたあげく、裁判が長引き懲役の危険もあり。こんな条件でしぶしぶ罪を認めたんじゃないかと。

とまあ、こんな妄想をかき立てられるぐらいこの本の内容はヤバイ。改革案を推し進めた小泉元首相のバランス感覚や、財務省の圧力と真っ向から対決した安倍元首相の話もおもしろい。

■天下りを阻止する公務員制度改革案

著者の高橋さんが最も力をいれ、阿倍元首相も改革の骨組みとしていた公務員制度改革案。旧体制派にもっとも恨みを買ったのもこの改革がらみなのは間違いない。

簡単に説明すると、官僚が民間に再就職する時の斡旋制度を作り、優秀な官僚は民間に再就職しやすくし、高給な省庁にいつまでも居座り続けることができないようにする制度。かといって、民間からの需要がない元官僚は職にありつけないようになるのがミソ。

官僚と民間の相互の人事異動をもっとしやすくし、元官僚であっても本人に対しての需要がなければ民間に再就職できなくするという公務員改革制度。

この制度に対する問題は、天下りを完全禁止すると優秀な人材が官僚になりたがらないだろうという反対意見がいつもあるようです。これに対して著者は、「官僚を目指す若者たちは天下りなどをあてにして省庁に入ってこない。入ってから天下れるように心が腐っていくのが実際だ。」と反論していた。

ここだけはちょっと自分の意見とは違ったりします。例えば、天下りが完全に規制され、圧倒的に外資や大企業に行ったほうが将来の待遇がよくなるという状況になるとする。この状況になれば正義感あふれる若者であっても将来の待遇の歴然とした差を考え、省庁に就職することをためらう人も相当出てくるのではないかと。

とはいっても、民間と省庁という2つの職場の移動をもっとしやすくし、官僚になったとしても需要さえあれば民間で再就職しやすい制度になれば、官僚を目指す若者も減らないと思うので制度自体はすごくいい!

残念ながら安倍政権が倒れ、この改革案が実現するのは難しそうな気配のようです。官僚制度やその体質、郵政民営化の舞台裏を知れるお勧めの本でした。高橋さん逮捕の真相が非常にきになる。。あれほどの立場の人が、高そうな時計だからって単純に盗もうとはしないと思うんですがね。


【書評】虚妄の成果主義


拷問読書

今週3冊目。累計82冊目。成果主義に対して疑問を唱え、長期的な関係性を築く年功制の利点を訴える内容。

自分は、企業の解雇規制を撤廃して、労働者の流動性をあげた方が社会全体の就業率は高まるといった主張に賛成だったりします。本書は「年功序列型賃金」や「終身雇用」の利点を書いている本なので、どちらかといえば反対の立場の意見をしっかり学べるかなと思いました。

この本で書かれているのは、特に成果主義のデメリット、終身雇用制のメリットといったもの。東京大学の学部教授が書いた本なので、けっこう学術的な実験などの内容に言及してる部分が多く、途中で多少は眠くなる部分もあり。でも、働く理由や終身雇用制度と囚人のジレンマを絡めた話は面白い。



■成果主義は逆に従業員の生産性を下げる

人の評価はあいまいなもので、成果を報酬で評価しようとすると必ず不満が出る。結局、正当に評価されていないと感じた従業員はやる気を失う。特に優秀な社員になればなるほど成果主義に対する不満が高まるらしい。成果に対しては、報酬ではなく面白い仕事、その人のやりたい仕事で報いるべきというのが本書の主張。

このへんはかなり納得。行動経済学の本でも、人は報酬が発生したとたんに自発的だった行動に対してモチベーションが低くなるとありました。実験によると、報酬をもらった時点で人はさぼるという行為を意識しだすらしい。そういう意味で、成果主義には弊害を多く年功賃金制は理想的とのこと。

これは、みんながマジメに仕事をするという性善説に基づいているとは思うのですが、評価を報酬にまったく結びつかないのがよいと断言しているのも思い切っていますな。

報酬は年功制にして、同期で仕事ができる人とできない人がいても報酬での差は一切つけない。その代わり、与えられる仕事の内容で差をつけるといった形。成果に対して給料で多少なりとも差をつけないのはやる気を促進する意味でちょっと無理があるんではないかとも思ったのですが、例外に対しての言及は特になし。

部分的にでも成果主義を採用している企業はいっぱいあるのですが、誰が評価を下すかがもっとも大きな問題。それに対して、ランダムに選ばれた社員たちが評価を下す360度評価制度というのが落としどころではないかと最近は思ったりしています。

ちなみに、面白法人カヤックはサイコロで+アルファの給与を決めている。どうせ人の評価なんてあいまいなんでサイコロで決めてしまうといったぶっ飛んだ思考。



■長期的な関係の重要性

終身雇用制度の利点は従業員同士が助け合う関係性を築けるという点。先輩は後輩に対してじっくり教えるようになるし、会社への帰属意識も高まる。長期的な関係が築きにくく、入れ替わりが激しい会社では社員同士の関係がゼロサムゲームになり協調関係が起こらない。

上記のように終身雇用制度のよさを本書では強調されている。もちろん終身雇用制のメリットは多い。ただ、終身雇用制度を戦略として企業が独自に採用するのはよいとして、政府が解雇を規制するのはいかんと思うわけです。

従業員を解雇しないという方針を合理的な経営判断で行っているならいいのですが、そういう方針が合わない業種や企業もあるはず。終身雇用制度のメリットはたくさんありますが、間違いなく新しい人材を採用するハードルは高まります。

結果的に働く意欲のある人たちが職にあぶれる確率が高まるし、人材の流動性が低くなってそれぞれの人たちがもっとも力を発揮できる職業につける可能性も低くなってしまう。

とまあ、どちらにもメリット、デメリットがあるわけですが、自分が社長になったらどの方針を採用するか考えるとこういう話は面白いような気がする。


【書評】数学で犯罪を解決する


拷問読書

今週2冊目。累計81冊目。間違いなく今月読んだ本で一番面白かった。数学が世の中でどのように使われるかを解説した本としては、「その数学が戦略を決める」という名書があったのですが、本書の面白さは「その数学が~」と同等か、もしくは超えたかもしれない。

日本版を書いた訳者のあとがきなどのレベルが抜群に高いのでその要素が大きい。高度な数式もちょこっとだけ出てきますが、微分方程式もまともに解けない自分が楽しめるぐらいなので、数学知識0でもまったく問題ない。

本書は元々、アメリカのTVシリーズ「Numbers」を元にして書かれた本。「Numbers」は天才数学者チャーリーが数学を駆使して刑事である兄の捜査解決に強力するといったドラマ。アメリカのTVシリーズは予算も俳優の質も、脚本の練り具合も世界でダントツ。一話あたりに1億の予算とか平気なので、日本のドラマとはさすがにスケールが違ってくる。

このドラマでは、実際の統計学者の権威や数学者に監修してもらい、現実に数学が捜査に応用された事件をもとに脚本が作られているらしい。海外ドラマは「プラクティス」を筆頭にいろいろ見るのが好きですが、このドラマはまだ未見。本書を読めば嫌でも興味が出てきたので、GW中に一気に見てみたい。

■社会で役立つ数学の数々

自分が小学校のころの数学のイメージは、「将来まったく役に立たないもの」でした。その結果、数学が大の苦手な文系男になってしまったわけですが、最近はこのことを後悔する毎日。

もっと小さいころに数学の面白さが分かる本書のような本に出会っていれば!と枕をぬらす毎日です。ただ、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で指摘されていたように、物理でも数学でも、学校の教科書はその知識が実際にどう使われるかをイメージさせない作りになっているのが問題だと思うわけであります。

本書の例でいえば、犯人の位置特定に確率分布を使ったり、指紋照合の限界を追求したりといった分野が特に面白い。中でも、囚人のジレンマを使ってテロリストに自白を説得するパートなんかはゲーム理論の本を読んだあとなら胸躍る楽しさです。

ここでは、爆弾のありかを知っているテロリスト3人を拘束しながら、誰からも自供を得られない状況で数学者のチャーリーが登場する。もちろんテロリスト同士は捕まっても口を割らないことを約束しあっている。

誰も口を割らないという犯人たちの戦略に対して数学者のチャーリーが使った戦法は、犯人それぞれが自白しなかった時のリスクを比較評価するといったもの。それには、それぞれの年齢、前科、シャバでの家族の有無などに基づいて変数を設定する。

リスク評価の数値から、警察に協力しないと一番損をするのはお前だと一番若い犯人に説得を試み成功します。



■レベルの高い訳者あとがき

この本の訳者代表は「その数学が戦略を決める」の訳者も担当した山形浩生さん。「その数学が~」の訳者後書きも面白いけれど6ページ分ほどだった。

この「数学で犯罪を解決する」では20ページ分ほどあり、本書で出てきた「統計分析」、「データマイニング」、「ベイズ確率」、「指紋とDNA鑑定」などそれぞれの分野でお勧めの参考図書を紹介してくれている。

本書で興味を持った内容を掘り下げたい時の指針になるので、すごくありがたい。ここまでレベルの高い訳者あとがきはなかなかない。本書の最初のページにある、「訳者口上」の文章も、本書に対する興味をかりたてる面白いあらすじ紹介。

気になるのでアマゾンで翻訳本を検索したら、「意識を語る」、「人でなしの経済理論」、「戦争の経済学」とか面白そうな本をいろいろ訳していた。この前読んだ「服従の心理」を訳していたのもこの人だったんですな。今気づきました。


【書評】服従実験


拷問読書

今週3冊目。累計79冊目。社会のどこにでも見られる服従という行為。人間が権威に服従する仕組みを解き明かそうと、ハーバード大学教授であり社会心理学者のミルグラムが行った「服従実験」の本。

自分の意志で考えることや権威を疑うことの大切さ、どういった状況で自らの思考が停止してしまうかを考え直すことができるよい本です。

何も知らずに連れてこられた被験者は、実験者の指示で電気イスに縛られている人に電流を流すボタンを押す。驚くべき事に、大半の人達は実験者の指示があれば、目の前に人が止めてくれと苦しんでいても嫌々ながらボタンを押し続けた。

「責任は私がとります。」、「ボタンを押してもらわないと困ります」などの言葉で簡単に人々が権威に服従してしまう。ちなみに、電流は実際に流れてなく、雇われた役者がイスに座って電流に苦しむ演技をしています。

この実験で分かった結論をネタバレしてしまうと、「人の行動を決めるのは、その人がどういう人物かということではなく、その人がどういう状況に置かれるか」ということ。服従するという行為は、その人の人格的な要素が大きいと思われがちですが、実際は違うんですよといったことを様々な実験で裏付けています。

■なぜ服従するのか p168



本書でダントツに面白い部分はここ!人が進化する過程で生存していくには集団でまとまる必要があった。そのため、集団が効率よく働くには、命令するものと服従するものが分けられる組織が必要となる。ということで、服従するのは人間の本能ですよというオチ。

こうなってくると、社会一般的に間違った行為をした人を糾弾する時に、その行為そのものだけを取り出して非難するのは間違っていることになります。その時の時代背景、その人が置かれていた状況をじっくり検証しないといけなくなる。

人を殺すという行為自体も、戦争中なら合法だし、戦争でなくとも正当防衛だと合法。自分に責任がないという状況では、自分の行為の意味を考えることを止めてしまう。

自分は命令されたことを実行しているという状況になった時、命令している権威に対しては責任を感じるのに、権威が命じる行動の中身については責任を感じなくなるそうです。こういったことは日常で自分がしている行動の端々で思い当たるふしがある。

■結局どうすればいいのか?

さて、権威に盲目的に従うことはいかんとは分かっていても、どうすればいいんでしょうか。自分が思うに、自分で決めるならこうするけど、今は権威に逆らうと面倒になるので言われたとおりにやっておこうというパターンが一番多いと思う。

例えば、サラ金の取り立てをしている人は、これ以上相手を追い込むと自殺するかもしれないと思いつつも上司の命令を優先するという状況は多くあるはず。上司に逆らうと自分の立場が悪くなるし、なにより仕事だと割り切って行動すると良心が痛まず服従状態になることができる。

「服従実験」を受けた被験者たちは、大半がこの実験を受けることによって人生観が大きく変わったとか、これからは権威に服従しないように自らの意志を大切にするようにすると書いています。

ただ、そういう部分を読んでいると、「イヤイヤそれは無理だろう」と考えてしまう。今は自分の意志をつらぬく大切さを感じたとしても、権威に従うのが圧倒的に不利になる状態に遭遇すれば結局は逆らえず服従状態になっちゃうはず。

そもそも本書の結論は、「人が服従してしまうとき、人格的な要素は大きくなくてその人が置かれている状況によるものが大きい」でした。となると、結論は「自分の良心とは異なる状況で、権威への服従状態が発生するような状況から出来るかぎり遠ざかる」となるのではないかと思うわけです。

例えば、自分の良心に反することをしなければならない仕事は避けるとか、命令されないけど責任は全部自分で負うフリーランサーになるとか。

ちょっと本の主旨と大幅にずれている気もしますが、できるだけ服従しない人生は大変ですな。。


【書評】羽生善治・決断力


拷問読書

今週2冊目。累計78冊目。経営者や戦略コンサルといった人達にメチャクチャ人気のある羽生善治氏。将棋というゲームの戦略性や、それについての考え方にビジネスとの共通点モリモリなんだと思います。

ということで、アマゾンで「羽生善治」と検索し、もっとも評価が高かった本書を読んでみたら、読みやすくて面白い。人にも勧めやすい。将棋を知っていなくても読めるし、知っていればもっと楽しめる。

■勝負には周りからの信用が大切だ p45

プロの将棋は、公正に、対等の条件で戦われているわけではないらしい。そこには、周りからの期待や仲間に信用されることが大切。関係者から期待をかけられるとホームゲームを戦っているような気分で戦える。仲間に信用されるということは、そのまま相手に自分は強いと思われることとなる。

その時点で勝負への影響は計り知れないものになる。プロの将棋はどちらがいい手を打ったかより、99%はどちらがミスをしたかで決まるらしい。そのため、自分からの相手へのプレッシャー、周りからのプレッシャーが大きな意味を持ち、相手に「もうダメだ」といった気持ちを少しでも感じさせることが勝負において重要となるようです。

ここを読んでいて思い出したのが、漫画スラムダンクの話。優勝候補の山王高校戦で主人公のいる高校はリードを奪う。監督の安西先生は、このまま進めば、今は試合展開が面白いと思って自分たちを応援している観客もいずれ山王高校を応援する雰囲気になる。

それは、王者が負けてはならない、優勝候補がこんなとこでつまずいてはダメだという意識が観客にあるからだと説明し、そのプレッシャーに打ち勝たなければこの勝負には勝てないんだと選手に言い聞かせる。

ここはスラムダンクの話でもかなり好きな場面です。ようは、日頃から実力を磨き、周りからの信用を勝ち取ることが大切だということですな。

■深い集中力は、海に深く潜るステップと同じ p88

羽生氏が集中力を高める時は、スキンダイビングで海に潜る間隔と似ているらしい。ゆっくりと水圧に体を慣らしながら潜るように、集中力もだんだんと深める。そのステップを省略すると深い集中の域に到達できない。

段階をうまく踏むことができると、非常に深く集中できて、もうもとにもどれなくなるのでは?と恐怖するほど深い集中にまで行くこともあるそうな。

といっても、集中しろ!と言われてできるものではない。それに必要なのは、興味を持つ意識、打ち込める環境、頭の中で空白をつくることが必要らしい。

特に自分に必要だと感じたのは、3つめの頭の中で空白をつくる時間。とにかく、ぼんやりとする時間を意識的に作る必要があると最近感じでいる所存であります。頭の中をリセットする意味でも、自然が多いところで散歩というのがベストかと。ちなみに、1人で行くということが結構重要だったりします。



■近道思考で手にいれたものはメッキがはげやすい p153

羽生氏の勉強方法は初心者のころと変わらない。

・アイデアを思い浮かべる

・それがうまくいくか細かく調べる

・実践で実行する

・検証、反省する

この4つのプロセスを繰り返すことが力をつけるポイントであるけれど、今の時代は便利になり情報が溢れてしまっている。近道がたくさんあるらしい。でも、遠回りすると目標までの到達課程で思わぬ発見や出会いがあるという。

プロ同士、二、三人で一緒に研究したほうがある特定の局面が問題になったときなどは、はるかに早く理解できる。だからといって、全面的に頼ると自分の力として勝負の場では生かせない。基本は、自分の力で一から考え自分で結論を出すことが重要とのこと。

この本は読みやすいし、面白いのでお勧めです。


【書評】イノベーションのジレンマ


拷問読書

今週2冊目。累計75冊目。名書だけあって期待どおりのおもしろさ。イノベーションにおける発想の転換を教えてくれる。顧客の声を聞き、正しい技術革新を推し進めた企業がなぜ失敗するのか?という疑問に初めて答えを提供した本。(らしい)

●持続的イノベーションと破壊的イノベーション

本書のテーマはこの2つの関係。既存製品の顧客の要望を聞き、バージョンアップして良いものを作り出すのが持続的イノベーション。こちらは収益性が確実に見込まれるため企業が採用しやすい。従来の製品とはまったく違った視点で新しい製品を提供するのが破壊的イノベーション。新しい市場のために収益性も将来性も不透明。

ところが、企業が持続的イノベーションによって正しい技術革新を推し進めていると思っていた時に、破壊的イノベーションを採用したライバルに敗れ去ることがよくある。

最近の例でたとえてみると、PS3は持続的イノベーションの製品で、Wiiは破壊的イノベーションの製品だと思う。前者はグラフィックや処理速度を向上させるというユーザーの声を反映した進歩を遂げている。Wiiは製品の性能は劣るけど、PS3が想定していなかった家族層やヨガやダンスなどをしたい一般層を取り込んでいるので破壊的イノベーションの枠に入る。

また、DVD→Blue-rayといった進歩が持続的イノベーションなら、youtubeとかニコニコ動画は破壊的イノベーションになると思う。従来の技術を発達させた製品を提供しながら、他の破壊的な新商品に負けてしまう課程がおもしろい。

ちなみに、僕にとってWiiはライトすぎてまったく満足できないのでPS3にもっと頑張ってほしい。でも、寝ころびながらできるNintendoDSは欲しい。

●存在しない市場は分析できない

破壊的イノベーションが狙うのは新しい市場。新しい市場なので、今までの事例はないし調査もできない。そのため収益予測がたてられずリスクが高い。結果的に慣習が発達した大企業ほど採用しにくい手段になってしまう。

こういった部分を読んでいて思い出したのが、スティーブジョブスの流儀に書いてあった「顧客の声は聞くな」という話。顧客の声を重視しすぎると既存の製品を基準に考えてしまうので、結局はバージョンアップ製品に流れてしまう。本当に欲しい物はそれを見せられるまでわからないことが多い。

「顧客の声を聞くな」という精神は、破壊的イノベーションをわき出させるのに必要な考え方なんだと思う。

●大企業では難しい

収益性が見えず予測が立てられない新規事業を大企業で実現するのは難しい。まず、提案書を出した時に収支予測がないと説得できないんじゃないでしょうか。さらに、そのアイデア自体が自分の会社が持続的にバージョンアップしてきた製品を否定するものであればなおさら。

いっそのこと、大企業で「破壊的イノベーション部」とかいう部署を作ったらどうだろうか。その部署ではひたすら従来とは違った視点の製品を作ることを仕事として、自社企業の製品を否定するようなものを作ってもよいとする。収益性は当たれば儲けものぐらいの意識で、他社の破壊的技術を先に研究しておくという存在意義を持つ部署とか。不況でまっさきにカットされそうですが。


【書評】人を殺すとはどういうことか


拷問読書

今週1冊目。累計74冊目。信念の強さ、恐ろしさがよく分かる本。この本は現在も無期懲役で服役している受刑者が書いている。著者はIQ値が非常に高く、元経営者でもあり元ヤクザでもある。自らが殺人を起こした動機も信念に乗っ取ったもので、その時の状況や心境と、それを後悔して懺悔する模様も描いています。

小さい頃からどんなことにでも興味を持つ著者は、殺人犯のみが収容されている場所でさまざまな殺人犯を観察する。大半の受刑者が自らの犯した殺人に対して何の反省もなく、普通の道徳心が欠如した人々だという感想も本に記しています。

●著者が殺人を犯すまで

著者は小さいころから成績は常に一番でクラスのリーダー格だった。ヤクザ稼業、金融業、不動産業などで年収も億単位稼いでいながら、自ら殺人を起こしたのは著者自身の信念からです。殺人も入念に計画されたもので自分に対して不誠実であった相手を殺したもの。

筆者の信念の強さは強烈でそのことが長所になり仕事でも大成功を収めるが、逆にその性格から殺人を犯すということに抵抗感がなくなってしまったようです。誰に命令されたわけでもなく、望めば部下にやらせることもできた。それでも、自ら殺すのが道理であるという信念に従い殺人を犯します。

著者の強烈な個性と、自らの信念への服従心は恐ろしいものがある。人間は何か理由があれば人殺しも簡単にしてしまうものらしいが、自分の信念が著者自身を動かすというエネルギーの強さがすごい。この信念というものはプラスに働けば最大の長所になり、マイナスに働けば殺人を平気で犯してしまう危険な存在となってしまう。



●著者に大きな影響を与えた父

この強烈な個性を持った著者の人格を形作ったのが、これまた強烈な個性を持つ著者の父です。暴力金融の親玉的存在で、傷害事件を何度も犯した凶暴な人物。約束を守れ、嘘をつくなということを子どもの頃から著者に教え込む。

人格形成には親の影響がもっとも大きいのだと思いますが、本書を読むとそのことがよく分かる。不誠実な対応を見せた債務者を事務所で自ら暴行し、それを小さかった著者に見せる。とにかく約束を守るということの大切さを強烈なすりこみで小学生だった著者に教育します。

この本を読んで感じたのは、子どもの頃の道徳教育の大切さ。でも、それは道徳教育を学校で重視するべきという意味でもない。学校での道徳教育を無意味だとは言わないまでも、ほんの数時間の授業で影響を持たせるのは難しい。

子どもは親の背中を見て育つとよく言いますがそのとおりだと思う。人格形成には他人の影響がとても大きく、特に親の影響は計り知れない。小さい頃の道徳教育は大切ですが、口で説明するのはとても難しい。なにより、口で綺麗なことを言っていながら親が矛盾した行動を取っていては説得力がない。

つまり、親の普段の行動や言動ひとつひとつが積み重なって、子どもへの道徳教育の基盤が形成されていくのではないかと思うわけです。何が正しくて、何が間違っているかなんて子どもに説明するのは難しすぎる。「なぜ人を殺してはいけないか?」という問いに偉い学者さんたちも明確に答えられないわけで、それを論理的に子どもへ説明できる親はまずいない。

子どもの人格形成には親がもっとも影響し、道徳教育には親の言動と行動の積み重ねが大切だという当たり前の結論に達した本でした。


【書評】なぜこの店で買ってしまうのか―ショッピングの科学


拷問読書

今週3冊目。累計73冊目。顧客行動を徹底的に分析し、店舗経営の改善案を助言するエンバイロセルという会社があります。そのエンバイロセルの創業者であるパコ・アンダーヒルがショッピングの科学を解説したのが本書。

ちなみに日本では、店舗にカメラを設置し、顧客行動を分析してデータを提供するMideeという会社があります。ここは本部にいながら店舗状況を観察、見たい場所にカメラを移動させズーム表示させたりできるShopViewというサービスまで提供している。実際のデモを見てみると分かるけど、ハリウッド映画さながらの光景。

どちらにも共通するのが、今までのPOSデータや販売データでは見えてこないデータを取り扱っているところ。従来のようにどの商品がいつ売れたというデータだけでなく、商品を買わなかった顧客の動きや特性(年齢や性別、2人組かなど)、どんな客層が商品を手にとったか、どのぐらい店に滞在していたかといったデータを分析している。

エンバイロセルでは顧客行動を分析するため、実際の店舗に人を送り込み、客に気づかれないように顧客行動を詳細にメモする。それによって、商品の陳列棚の適切な位置、客が近づきたがらない場所とその理由、顧客が購買行動に移るまでのプロセスを分析する。

P52

「すべての人間には共通した生理学的、解剖学的な能力と傾向と限界と欲求があり、ショッピング環境はこうした特徴に合わせなければならない。~略~。人間という機械がどのような構造で、その行動が生理的、解剖学的にいかに規定されているかについて、ショッピング環境をととのえる側が認識しそこね、対応しそこねていることを暴露することがわれわれの業務の大半を占めている。」

この本で書かれている店舗改善の提案はどれも当たり前に聞こえることが多い。それでも、その当たり前を認識する前は、ごく単純なことに気づかない店舗が大半らしい。

●ヒトの行動メカニズム P99

人は鏡を見ると減速し、銀行を見ると足を早める。銀行のウインドウはつまらないし、銀行へ行くのが好きな人間はめったにいない。でも鏡のほうは退屈しない。だから、店を出すときには金融機関の隣を避ける。他にも、人が歩くとかならず右に片寄ったり、物を取るときに右側に手を出すため、商品の陳列棚の右側のスペースは一等地になる。

客を立ち止まらせたい場所には鏡を配置しろ!ということですな。

●若者の独特な買い物パターン P206

ジーンズの販売状況に関する調査を通して独特のパターンが発見された。若者同士のグループは親と同伴してきた若者に比べて売り場で過ごす時間が長かった。ただし、購入した人々の割合は若者同士が13%に対し、親子連れでは25%だった。

ここから何が分かったか?

若者は友達と連れだって一種の下見をしていて、両親とともにふたたび店を訪ねる。親と一緒に買い物をしている姿を見られないよう、そそくさと買い物をすませるというような若者の行動パターンが発見された。

こうやって、顧客の年齢層や滞在時間、購買行動に移った顧客の割合をデータ化することにより、今まで見えてこなかった実態が見える事例がたくさん書いてありおもしろい。

●店内で起こることを経営に反映させる P339

「企業の経営陣が危険に気づかないで自己満足にひたるのを避ける最良の方法は、店内の売り場と、そこで起こることの決定権を握る人達とのあいだの距離をなくしてしまうことである。つまり、もっとも賢い経営方針は、店長レベルの人間にもっと責任と権限をもたせることなのだ。」

上記は本書の結論のひとつでもある主張ですが、実際の店舗で起こっていることを経営方針を考えている人達にも伝えないといけないといった主旨。それは、よかれと思ってやった陳列棚の配置や特定の商品の置き場所が、分析結果を見てみるとまったく効果がなかったという経験則からきているのだと思います。

店舗の徹底的な分析によりできることは企業の戦略より戦術の微調整。戦略ばかりに目がいってしまった店舗経営の戦術部分を洗い直し、企業トップが考えた店舗経営方法と現場でのズレを修正する。

店舗に潜むスパイと雑誌に紹介されたこともあるそうですが、顧客行動をここまで徹底的に分析した本を読んだのは初めて。ショッピングモールやいろいろな店舗に行く時の視点が増えておもしろい。


【書評】観想力 空気はなぜ透明か


拷問読書

今週2冊目。累計72冊目。突破するアイデア力「正しく決める力」など今まで読んだ本でハズレはなかった三谷さんの本。本書もやっぱり面白かった。

最初のほうは「マイクロソフトの面接試験」みたいに答えのない問題の紹介を例示して、思考法の話から始まります。そういう内容で進むのかなと思っていたら、途中からはいろいろな企業のマーケティング戦略紹介本といった話だった。

「本書1冊13万余文字、紙媒体での一方的コミュニケーションでどこまでこれら観想力の極意を伝えられるだろうか。それは私の表現力の問題でもあり、皆さんの読解力の問題でもある。いや、もちろん、簡単に伝授できてしまうようなスキルであっては困ったものだ。経営戦略コンサルタントはこれを、職業上の最大の差別化要素としているのだから。」

これは、まえがきの一文。毎回思うのですが、三谷さんの本はこういうつかみのような書き方が抜群に上手い。読み始める初期段階で、読者を惹きつけるような文言が出てくる。本書の中でも戦略コンサルはなめられては負けだと書いていますが、序盤からいい意味でハッタリが効いている。

●ヒトは発生率ではなく致死率を嫌う、自律ではなく他律を嫌う

この内容は行動経済学系の本でもおなじみ。例えば、交通事故による死亡リスクは

「事故発生率×事故での死亡率」。この計算率からすると、自動車事故のほうが航空機事故による死亡リスクより圧倒的に高い。

でも、ヒトは死亡率の項目である致死率の高いほうを嫌う。さらには、自律的である自動車事故より、他律的である飛行機事故を極端に嫌う。このように感情を優先することから人間はリスクを正確に判断できない。

「好き嫌いで議論して良い結論に至ることなど、ない。皆分かっているが、実際ほとんどの議論は好悪関係に支配されている。」

このことを避けるためには、今、自分は好き嫌いで考えていないかと自問し続けるしかないとのこと。自分としては、好き嫌いで考えてよいものと、好き嫌いで考えると危険なものがあると考えております。当たり前の話なんですが。

例えば、自分の趣味や趣向のようなものは好き嫌いで考えるべきで、合理的に考えたうえでしている趣味なんて誰も持ってないはず。逆に、損得を考えるときこそ、好き嫌いで考えていないかを常に自問するとよいと思う。

キャンペーン中の電化製品の購入を検討している時なんか、広告の文字や売り場の雰囲気、店員の売り文句などで正常な判断ができない状況がドンドン作られてゆく。こういう時こそ上記の考え方を思い出せば、その場の感情で判断を鈍らせることへのブレーキになるかもしれないなと。

●羽生善治の話 p122

経営とか戦略系の本でよく出てくる天才棋士、羽生善治の話。戦略コンサルのほとんどが羽生義治ファンなんじゃないかと思うぐらいよく出てきます。将棋を指す時の思考方法だったり、戦略だったりなど参考になる部分が大いにあるのだと思う。

羽生さんが登場してくるまで、将棋界の棋士たちはみんな自分の得意な戦法を持っていて、いかにその戦法に持って行くかの勝負だった。そこに羽生さんが登場し、どの戦法も高いレベルで使いこなし、いかに相手の苦手な戦法をついたり弱点をつくというような戦法で勝ち続ける。

自分が負けそうな展開ではわざと戦局を混沌とした方向へ持って行き、展開をぐちゃぐちゃにした上で相手のミスを待つ。

「争点がはっきりしているとそこを攻められるので、なるべき混沌とした状況を作り出せば勝機が出てくる場合もあります」

自分の有利な局面でなければ、まずは勝機の見える状況を作りだす。自分の好きな格闘技でも、相手を研究して弱点を攻めるタイプと、相手のビデオは見ずに自分の強みを出すことに専念するタイプがいます。現在、日本人の総合格闘家で一番波に乗っている青木選手や、柔道で金メダルを取った石井選手はどちらも前者のタイプ。

まあ、総合格闘技という競技自体たくさんのバックグラウンドを持った選手が集まってきているので、相手が立ち技系なら寝技で攻め、相手が寝技系なら立ち技で攻めるという戦法が常識なんですが。

情報化時代と技術の進歩により、自分だけを見ずに、相手の弱みと自分の強みを意識する必要性を認識できた話でした。


【書評】戦略プロフェッショナル


拷問読書

今週1冊目。累計71冊目。著者はBCG日本支社の日本人コンサルタント第一号。本書のテーマは大企業の企業再生で、実際にあった話を元にストーリー形式で書かれています。大企業の話をもとにしているので、スケールは大きいけど結構分かりやすい。内容は特に目新しくもないので、そこまでおもしろいわけでもなかった。ただ、導入部分の戦略コンサルの誕生話や日本で浸透していった経緯はおもしろいです。

●とにかくターゲット絞り

この本で書いていることは、とにかくターゲットを絞ってそこに集中攻撃する課程。戦略論の大半はぶっちゃけこれしかないんじゃないかと最近感じてきた。絞るためには何かを捨てないといけないわけですが、何を捨てるべきかも難しい。ターゲットを絞ると口で言うのは簡単ですが、どこに絞ればいいのか見つけるのが結局大変なんだなと最近は思います。

逆に、絞る要素を見つけられたらどう集中すればいいかだけなので、後は楽っちゃ楽な気もする。まあ、そのターゲットが間違っている場合もありますが。例えば、小さい頃から将来やりたいことが見つかっている人は、そこに絞って努力すればいい。でも、その将来やりたいことっていうのが明確に決まっている人が世の中に何人いるかといえば、ほとんどの人が決まってないのではないかと思うわけです。

判断材料がない状態でやりたいことを見つけられるわけはないので、いろいろなことを経験するという単純な方法しかなかったりする。企業が自社のターゲットを絞る時もまずは市場調査であったり、仮説を元にしぼった箇所に挑戦して試したりとまったく一緒。将来働きたい業界がある程度決まったら、その業界が本当に自分に合っているかを研究しないといけないわけだし。

ということで、戦略論というのは就職活動をしている学生の人にぴったりのテーマだと常日頃から思うのですがどうなんでしょう。授業をつまらなそうに聞いている学生も、就活や将来の仕事を決める話と絡めると一気に興味が出るはずだと悶々と思っている今日この頃。



●残念ながら削られた泥臭い話

実際にあった話をテーマにしますが、企業との秘密事項は絶対のコンサル的な立場から話自体は綺麗にまとまりすぎているのが残念なところ。実際は、いくら合理的でも組織の体制や古い慣習にこだわる内部との戦いとか、泥臭い政治ゲームとかあったらしい。ここが出版の関係上ざっくりそぎ落とされていて、本書は綺麗な部分だけ書いていると巻末にも書かれています。

戦略コンサルタントといえば企業にやってきて企画や経営方針の立案とかするカッコイイイメージが大きいのですが、実際のところ受け入れ企業からすると偉そうなことをいう外部者がなんかやってきたというイメージが強いらしい。一番難しいのはその信頼関係みたいなものの構築だったり、内部でのもめ事の調整だったりとか。こういうことを外資戦略コンサルの人に最近聞く機会があり、やっぱりそうなんだと最近実感しました。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。 」という夏目漱石の草枕の有名な言葉がありますが、まさにこれを常に感じるのが戦略プロフェッショナルの方々なんだなあ。