【書評】ライアーズ・ポーカー


拷問読書今週1冊目。累計98冊目。この本は最高におもしろい。80年代のウォール街における一流投資銀行の真実を、実際にソロモンブラザースで働いていた著者が実体験をもとにして書いています。

本は内容はいまは亡き投資銀行であるソロモン・ブラザースがひたすら儲かっていた80年代の話。ボーナスに数千万円をもらう社員たちの様子や、ハチャメチャな組織の実態などが描かれている。

著者であるマイケル・ルイスの本では、マネー・ボールが一番おもしろく、「ネクスト」「ニューニューシング」は期待したほどではなかったのですが、この本は「マネーボール」と肩を並べる内容だった。

有名作家の処女作にハズレなしという法則を再確認。さらにいうと、「さらば、財務省」のように著者自身が実際に組織にいた経験から書いているのも大きい。ここまで内部事情を暴露しちゃっていいの?って思うぐらい赤裸々に書いているのも「さらば、財務省」と同じだし、だからこそ飽きずにぐいぐい引き込まれてしまう。

この2つの本で共通していたのは、どちらの作者も組織を追放されても食いぶちがあったこと。「さらば、財務省」の高橋氏は財務省に戻れなくても生きていける十分な専門知識を持っていたし、マイケル・ルイスもジャーナリストとして生きていける選択肢があった。

2人ともスーパーエリート達が集まる巨大組織に変わり者として入り、組織から離れても生きていけるという余裕があったからこそ客観的な視点を持つことができたのかも。

ちなみに、今回の世界同時不況を引き起こしたひとつの要因に、エージェンシー問題というのがあります。会社の株式トレーダーや債権トレーダーは損をしても全額責任を負うわけではなく、それならひたすら大勝負をしたほうが合理的になってしまうというやつ。

本書は債権トレーダーの話なので、顧客のお金でガンガンリスクをとって失敗したら顧客が破滅するといったモロにエージェンシー問題な場面もたくさん出てくる。投資銀行業界に興味がある人でもない人でもこの本は楽しめるはず。年収数千万円を稼ぎ出す投資業界のスーパーエリート達の実態を垣間見れます。


【書評】渋滞学


拷問読書

今週3冊目。累計97冊目。著者は東京大学の教授で渋滞の専門家。数学の難しい知識も所々出てくるのでけして読みやすい本ではないけれど、渋滞のメカニズムをいろいろな視点から解説していておもしろい。

■渋滞改善の肝

渋滞は集中的に混雑する部分から起きる。高速道路では料金所だし、ファーストフード店では注文するカウンタ。とにかく、この部分を改善することが渋滞を解決するうえでもっとも重要となるらしい。

上記のような渋滞のメカニズムと、世の中にある様々な現象の、渋滞が起こらないようになっているメカニズムとの対比がおもしろい。例えば、水道のホースは先っちょをつまんで口を小さくすると自然に水の勢いが強まる。砂時計も中心の狭い部分では砂が落ちるスピードが速まる。

こうやって、渋滞が発生しないようなメカニズムが自然現象では働いている。とにかく混雑が集中する場所でのスピードをいかに速めるかがポイントとなる。技術の進化により渋滞が緩和された例が高速道路のETC。以前は渋滞全体の30%を占めていた料金所渋滞がETCの導入によってだいぶ緩和された。

この他にも、電車でのスイカやパスモの普及。スイカをタッチする自動改札口は、タッチする部分を少し斜めにするまでは、お客がタッチする場所を認識するまでコンマ秒単位のズレが発生していたとなにかの記事で読んだ記憶があります。斜めにしたことによってコンマ数秒の認識速度が改善され、自動改札口前での長い渋滞を緩和することに大きな進歩があったとか。



■高速道路では追い越し車線が得なのか



混んでくると、走行車線と追い越し車線での渋滞状況が逆転するらしい。比較的すいている時は追い越し車線のほうが平均速度が速いけれど、混雑してくると走行車線の平均速度のほうが速くなる。

これは比較的早い段階から始まり、車間距離が200mより短くなってくると人間は自分の速度を維持しようと追い越し車線を走るほうがよいと判断する。でも、みんなが同じ行動をとれば結果として追い越し車線のほうが混雑して速度が低下してしまう。

結論としては、混雑してきた場合は走行車線を走ったほうがよく、長距離トラックの運転手は経験的にこのことを知っているそうな。

本書では上記のようなわかりやすい事例以外にも、ネットワークの混雑とか、様々な状況での渋滞を科学的に説明してくれていておもしろい。

ネット社会によって世界はフラット化したかというとそうではなく、都市にどんどん人が集まるようになっていくという説は「人は意外に合理的」でも書かれていました。これからますます渋滞問題はクローズアップされていくので、今後注目される分野なのは間違いなし。こういう現実の問題解決が具体的にイメージできる学問をしていると楽しそうですな。


【書評】世界はなぜ不況に陥ったか


拷問読書

今週1冊目。累計92冊目。普段読んでいる「池田伸夫ブログ」に紹介されていたので読んでみた。考え方はブログと似た系統だけど、基礎的な知識から詳しく金融危機のことを説明していておもしろい。

自分は経済や金融の知識はあまりないのですが、そんな人でも分かるように書かれているので読みにくい本ではないと思う。日本でいまだに通説とされているような、「公共事業を行えば、雇用を創出できる」といった言説など、ケインズ経済学に対する反対論なども詳しく書かれている。

この本で特におもしろいのが、今までの経済学者の主張と現代の状況のギャップを書いているところ。ケインズ理論に対する反論はもちろんなのですが、フリードマンの理論も一部現実にそぐわない状況もいくつか出てきたことを指摘しています。

サブプライムローン問題の始まりから、なぜ不況にまで陥ったのかはこの本でだいたいよく分かる。この本のよいところは、結果論でサブプライムローンの問題点を指摘してばかりはしてないところ。

もともとサブプライムローンは貧乏な人も家が買えるようにする仕組み。評価されていた制度だったという当時の状況を説明し、それがなぜ破綻していったかを順を追っている。

他にも、エージェンシー問題を解説した項目がおもしろい。ウォール街のランダム・ウォークにあるような、市場は合理的に動くという問題が現代ではなかなか通用しなくなってきたらしい。この本自体もバージョンが上がるごとに、最近では合理的に動かない部分がいくつかあることので修正に修正を重ねているらしい。

それはなぜかというと機関投資家のエージェンシー問題。個人投資家が投資するには、自らの投資額のリスクを自分で負うからリスクとリターンはイコールになる。でも、機関投資家は大損をしても全額を自分で賠償する責任はない。結局は会社に投資した個人投資家が損をこうむるわけで、機関投資家はリスクをどんどんとったほうが合理的になる。

このエージェンシー問題が市場が合理的に動かない原因にもなるし、今回のサブプライムの原因にもなっているようです。

ウォール街のランダム・ウォークを読んで、ドルコスト平均法で積み立てしている自分からすると結構悩まされる問題ですなあ。でもランダムウォークは株式投資するなら絶対にまず読むべき本なのは間違いないです。まず最初に読んで、それでも市場に勝つんだ!という気概があれば次のステップに進めばよいかと。


【書評】30歳からの成長戦略


拷問読書

今週2冊目。累計93冊目。タイトルが自己啓発っぽく安易で損をしている。内容はすごくいい。

論理を極めても説得できず悩み、感情と論理を融合させても心を中を見透かされる。無欲に挑戦しても自分を動かすエネルギーが足りない。最終的には相手を幸せにしようという欲を持ち、自分を捨てることにいきついたという悩みの過程がおもしろい。

著者は外資系の有名コンサルタント会社ATカーニーの元太平洋地区代表。この本は欲張っていると説明書きにも書いてあるとおり、ビジネスの基礎知識から精神的な考え方、人脈、休息の取り方まで本当に欲張っている。

いかに実力派天の邪鬼になって他人と差別化する必要があるか、ビジネスの基礎知識を凝縮して説明しているところも分かりやすい。けれども、この本で特におもしろいのは経営コンサルタントとしての著者の悩みの経験談と休息の重要性の項目。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。 」という夏目漱石の有名な一文があります。経営コンサルに限らず、世の中はこの矛盾でいっぱいですが、その状況に対するひとつの示唆が分かります。

著者は最初ひたすら論理思考能力を学んだ。でも、論理だけでは相手は説得できない。相手の話を聞いたり、意見を尊重する感情からの訴えかけが必要となる。そこで、論理と感情を合わせもつ方法を次に覚える。

しかし、「あの人は優しいけど本当は自分のことしか考えてない。」という意見を耳にし、心の中が見透かされていることに気づく。そんな時に仏教の無欲の境地になる本などを読み、自分の欲を捨てることを学ぶ。そうして欲を相手のために使うことにして、周りの幸せを意識して初めて上手くいったらしい。

この悩みの過程が本書で一番おもしろいところ。後半になってどんどん吸い込まれていくのは、経営コンサルの悩みや葛藤を正直にさらけ出しているところだと思う。

他にも、人脈は追いかけても作れないから自分の魅力を上げることが重要。休息をしっかりとってこそ初めて仕事の意欲がわき本当によい仕事ができる。といった内容が書いている部分もいい。

論理思考と感情思考の矛盾を解決するため、あらゆるジャンルのイメージを蓄積して落としどころの切り口を探す考え方もおもしろい。論理と感情の矛盾を解決するため、著者は人文科学、歴史、宗教などあらゆるジャンルの本からイメージを作ったそうな。


【書評】MBAクリティカル・シンキング


拷問読書

今週3冊目。累計91冊目。グロービス経営大学院が出しているロジカルシンキング本。難しそうな題名だけど、読んでみると想像以上にわかりやすかった。ロジカルシンキング系の本では「考える技術・核技術」という本を読んでいる途中だけど、こっちは今回の本よりかなり読みづらい。

アマゾンの評価では、「考える技術~」のほうが難しいが内容は濃いと書いてあったけど、順番としてはクリティカル・シンキングを先に読んだ方が自分の場合は圧倒的にわかりやすい気がした。似た系統の本で、「知的複眼思考法」も買っていながらまだ読んでないのですが、クリティカル・シンキングは「知的複眼~」も参考にしていると巻末に書いている。

■演繹法と帰納法

人が何かを説得する時、すべてのパターンは演繹法と帰納法の分けられるらしい。

「人間はいつか死ぬ」→「ウメは人間だ」→「だからウメはいつか死ぬ」

この、 A→B→C という論理展開が演繹法。

「ウメは早寝早起き」、「ウメは菜食主義だ」、「ウメは定期的に運動をする」

→「だからウメは健康オタクであろう」

このA、B、Cという情報から結論をイメージするのが帰納法。

本書では例としてあげられた文章の中から、どの箇所が演繹法で、どの箇所が帰納法を使って説明されているかなどを解説していてわかりやすい。説明したい内容によって、どちらの方法を使えば適切かも教えてくれる。

「考える技術・書く技術」では、どういう状況でどちらの方法を使えばよいかをもっともっと掘り下げて説明されていた。

こういった枠組みを知ると、何かの説明を聞いた時に、「ああ、この説明では演繹法だな、ここでは帰納法だな」とイメージすることができそう。それが、なんの役に立つかというと、何かを説明された時に、その人の説明が「なぜわかりやすいか」、あるいは「なぜわかりにくいか」を知る手がかりになると思う。

それよりもっと重要なのは、人に何かを説明したり説得する時に、どうすれば「あれ?なんかわかりにくいな」となることを防止して、「うんうん、なるほど。わかりやすくて説得力もある」と言われるような説明の枠組みを考える手助けになる。

説明が上手い人は天性のものだと一般的には考えられていると思うけど、このルールを少しでも知れば、なぜその人が上手いのかがよくわかるはず。その構造を意識すれば、自分のように「説明下手すぎ(笑)」とよく言われる人間も改善の希望があるわけです!

ちなみに、上記は説明する仕組みを構造化した話ですが、笑いを取る仕組みを初めて体系化、構造化して分析した本に「ウケル技術」という本がある。コンサルタントが説明する時に頭の中で方法論を構造化できているように、お笑い芸人は笑いを取る仕組みやパターンを頭の中で構造化できているらしいです。

松本人志やケンドーコバヤシが、「笑いを取るのはパターンさえ知っていて、その時の状況に応じて使い分ければ簡単」と言っていたのを思い出した。

この他にも因果関係の構造化や、思考の落とし穴など網羅的に解説されていて、ロジカルシンキング本の一冊目にはすごくよい本。

「別にMBAなんてたいそうなものに興味はないや」っていう人でも有益。「お前の説明は何いっているかわからん!」と言われる人や、説得したい相手がいるけど、どう説明すれば上手く伝えられるかに悩んでいる人は一読の価値ありです。


【書評】アフリカ 苦悩する大陸


拷問読書

今週1冊目。累計89冊目。貧困といえばアフリカをイメージしますが、どれだけヤバイか、なぜヤバイか、どうヤバイかがわかる本。

去年読んで最高におもしろかった「銃、病原菌、鉄」という本によると、格差を生み出した究極の要因は環境の違いということでした。時代が進んで科学が発達し、環境の違いを克服できるようになったかというそうでもないみたいです。

豊かな人々が集まる地域にはどんどん豊かな人が集まり、貧困層が集まる地域はますます貧困が進んでいく。これを解決するために世界各国がいろいろ援助活動をしたりしていますが、援助資金が独裁者の財布に入るだけであったり、援助することによって貧困が進むという逆効果も生まれてしまったりと問題は複雑です。



■独裁政権を生む海外からの資金援助

白人から自由を勝ち取る解放戦争ののヒーローだったジンバブエのムガベ大統領。この大統領の独裁政権では自由な意見も平等な選挙も皆無。村を焼き払い、投票者全員をレイプするという規模で野党の選挙妨害が繰り広げられるという悲惨な状況。

経済活動も基本的には海外からの援助で賄っている。国内で起業家が出てきたとしても、厳しい規制と利権を吸い取る政治家の妨害にあって、新しい経済活動が生まれない。「不道徳教育」という本では、援助資金を送れば送るほど、貧困国は自分で経済活動を生み出す理由がなくなり貧乏になるという考えが書いていた。まさにそのことが現実で起きている国。

ここで思ったのは、むやみに公共事業の資金援助をしても逆効果を生むから、教育事業と医療をメインにした援助がもっとも合理的なんではないかなと。自国で経済活動が破綻しても独裁政権が続けられるのは、海外からの資金援助が最大の理由。

これがなくなれば経済が破綻するので自動的に独裁政権も崩壊せざるをえなくなる。自主的に経済を立て直すには、規制を緩和した民主的な国家作りが近道になると思うのです。

■なぜエイズの広がりを止められないか

単純に避妊の知識がない、処女とセックスすればエイズが治るという迷信を信じる人がいるといったような理由もある。でも、根本的な理由は他の国の人に比べてエイズ感染のリスクが相対的に小さいから。

つまり、常に死と隣合わせで生きている人たちにとって、エイズに感染するリスクよりも、目の前の快楽であったり、目の前のお客からお金をもらうほうが重要となるようです。

例えば、一年後に死ぬ確率が5割くらいある人にとっては、エイズに感染するリスクよりも目の前の快楽を選んだほうが合理的。ここでも貧困の悪循環が働いてたりする。

■黒人労働者保護が失業者を増やす

アパルトヘイトが終わり、黒人労働者を保護する法律を作った南アフリカ。この法律により、黒人労働者の失業率が劇的に増えるという皮肉な結果になる。ここのくだりは、日本の解雇規制と失業率の関係とそっくりです。

黒人を雇う時は法律で決まった最低賃金以下で働かせてはいけない。でも、教育水準が低い黒人をその賃金で雇うと基本的に企業は赤字になる。さらに、いったん雇うと解雇規制が法律で定められているので解雇もできない。

結果的に、半分の給料でも喜んで働くという黒人たちが大勢いるのにもかかわらず、黒人を雇う余裕のない企業が大半となり、失業者が増えるという仕組みが出来上がったそうな。

貧困を解決するには、経済的な観点から解決するしかないなと思うよい本でした。


【書評】嘘とだましの心理学―戦略的なだましからあたたかい嘘まで


拷問読書

今週3冊目。累計88冊目。タイトルに釣られて購入したら、えらく学術的な本で読むのに苦労した。内容も重厚ながらとにかく守備範囲が広い。大学教授が書いた本で、心理学の授業の教科書とかに使われているんだと思う。

悪徳勧誘の嘘から、小児癌の告知をしない嘘、司法場面における嘘、動物の嘘、嘘がつけるようになる年齢、精神病患者の嘘、嘘をついた時の人体反応、犯罪捜査における嘘発見、嘘をついた時の脳内メカニズムなどなど、ありとあらゆる視点から嘘を研究している。

人それぞれ興味を持つ嘘の視点は違うだろうけど、自分が一番おもしろかったのは犯罪捜査における嘘発見方法の章でした。

■犯罪捜査における嘘発見

有名なポリグラフ検査法。嘘発見器をつけられて、針の振れ幅を見て嘘をついているかどうか見るというやつです。海外ドラマの24ではよく出てきました。しかし、このポリグラフ検査法にも様々なやり方があり、それぞれ欠点もある。

①対象質問法

「あなたは強盗に入りましたか」などの事件に関係のある質問と、「今日は何曜日ですか」など関係のない質問を被験者に対して行い、それに対する生理反応の強度を測る。

これはオーソドックスなやりかたで、よく知られているやり方ですね。でも、これにも原理的な問題がある。事件と関係のない質問であっても自分にとって思い入れの強い質問内容なら嘘発見器の針に大きく反応して、ジャックバウアーみたいな捜査官に拷問されちゃうという事態に陥る危険性が高い。

②裁決質問法

こちらは事件に関与した者でなければ知り得ない事を質問事項にいれる。また、同じような系統の質問で、事件と関係のない質問も混ぜる。

例えば、バッグが盗まれて中には銀行の通帳が入っていたとする。

容疑者に対して、

1.商品券が入っていましたか

2.キャッシュカードが入っていましたか

3.通帳が入っていましたか

4.クレジットカードが入っていましたか

などの質問を投げかける。この中では、3番以外は非裁決質問であり、裁決質問である3番への反応が強い容疑者は怪しいとなる。

実際に日本で裁決質問法が使われ、盗まれたバッグが見つかった事例の話がおもしろい。その事件では、まず上記の採決質問法で怪しい容疑者を絞り出し、次に探索質問法という手法を使う。

1.バッグはこの地図のA付近にありますか

2.バッグはこの地図のB付近にありますか

3.バッグはこの地図のC付近にありますか

のように容疑者に探索質問法と手法を使い、容疑者のポリグラフ反応があった地図の場所を捜査するとバッグが発見されたというもの。

■本書でおもしろい部分

犯罪捜査における嘘発見の章は文句なしにおもしろい。この章だけでも読む価値あり。逆に、嘘をついた時の脳のメカニズムは医療的すぎてついていけない。。

もちろん、嘘は表情に表れるか?という一般人が一番知りたがる話も学術的な観点から説明されていて、こういった部分も楽しい。

研究によると人間の顔の左側は公的な顔であり、右側は私的な顔らしい。人が嘘をついたり、自分の意志と違うことを話さなければならない時は、顔の左側にその症状が強く表れるようです。アナウンサーが引きつったような顔で笑っている時は、社交的な笑いを表出したものだそうな。

この本では小児癌の子どもに対する心遣いのある嘘以外、ひたすら研究的な視点で嘘について書かれている。つまり、嘘はいけません、やっぱり正直が一番といったような道徳的な内容は皆無。正直が一番戦略上強いというようなゲーム理論的の話でもなし。

とにかく嘘をひたすら研究しましたっていう本であって、薄っぺらい心理本よりは相当密度が濃いと思う。


【書評】さらば財務省!―官僚すべてを敵にした男の告白


拷問読書

今週3冊目。累計85冊目。郵政民営化、公務員制度改革などを推し進め、財務省を完全に敵に回した男の告白本。官僚社会や当時の政治改革の裏話を包み隠さず語っていて、相当読み応えがある。

官僚体制を徹底的に批判し、当時の郵政民営化や公務員制度改革案に反対した人たちへの反論も理にかなってておもしろい。竹中改革の政策チームに関わっていた時から、財務省へは戻れない状態だったらしいけど、そうであるからこそこういう本も出せたのだと思う。

それもこれも、財務省に戻れなくなっても未練がないという立場があってこそ。組織に属さなくても生きていけるほど実力がある人は強いなと感じる一冊。もともと旧体制派に相当恨まれているのに、こんな本出してしまったらヤバイんじゃないかと思うぐらい暴露している本です。

現在は大学の教授をしているんだろうなと思ってネットで著者の名前を検索したら、先月に置き引きで書類送検されていた!本人は容疑を認めているみたいだけど、恨みを買った組織にはめられたんじゃないかと疑ってしまうのは自然の流れ。

ホリエモンや手鏡で有名になった植草さんは容疑を認めず徹底抗戦しましたが、高橋さんの場合は容疑を認めたほうが被害が少ないと判断したんじゃないかなあとうがった見方をしてしまう。

罪を認めれば軽犯罪として扱ってすぐ釈放される。もし徹底抗戦したらしばらく抑留され、精神的にもまいらされたあげく、裁判が長引き懲役の危険もあり。こんな条件でしぶしぶ罪を認めたんじゃないかと。

とまあ、こんな妄想をかき立てられるぐらいこの本の内容はヤバイ。改革案を推し進めた小泉元首相のバランス感覚や、財務省の圧力と真っ向から対決した安倍元首相の話もおもしろい。

■天下りを阻止する公務員制度改革案

著者の高橋さんが最も力をいれ、阿倍元首相も改革の骨組みとしていた公務員制度改革案。旧体制派にもっとも恨みを買ったのもこの改革がらみなのは間違いない。

簡単に説明すると、官僚が民間に再就職する時の斡旋制度を作り、優秀な官僚は民間に再就職しやすくし、高給な省庁にいつまでも居座り続けることができないようにする制度。かといって、民間からの需要がない元官僚は職にありつけないようになるのがミソ。

官僚と民間の相互の人事異動をもっとしやすくし、元官僚であっても本人に対しての需要がなければ民間に再就職できなくするという公務員改革制度。

この制度に対する問題は、天下りを完全禁止すると優秀な人材が官僚になりたがらないだろうという反対意見がいつもあるようです。これに対して著者は、「官僚を目指す若者たちは天下りなどをあてにして省庁に入ってこない。入ってから天下れるように心が腐っていくのが実際だ。」と反論していた。

ここだけはちょっと自分の意見とは違ったりします。例えば、天下りが完全に規制され、圧倒的に外資や大企業に行ったほうが将来の待遇がよくなるという状況になるとする。この状況になれば正義感あふれる若者であっても将来の待遇の歴然とした差を考え、省庁に就職することをためらう人も相当出てくるのではないかと。

とはいっても、民間と省庁という2つの職場の移動をもっとしやすくし、官僚になったとしても需要さえあれば民間で再就職しやすい制度になれば、官僚を目指す若者も減らないと思うので制度自体はすごくいい!

残念ながら安倍政権が倒れ、この改革案が実現するのは難しそうな気配のようです。官僚制度やその体質、郵政民営化の舞台裏を知れるお勧めの本でした。高橋さん逮捕の真相が非常にきになる。。あれほどの立場の人が、高そうな時計だからって単純に盗もうとはしないと思うんですがね。


【書評】虚妄の成果主義


拷問読書

今週3冊目。累計82冊目。成果主義に対して疑問を唱え、長期的な関係性を築く年功制の利点を訴える内容。

自分は、企業の解雇規制を撤廃して、労働者の流動性をあげた方が社会全体の就業率は高まるといった主張に賛成だったりします。本書は「年功序列型賃金」や「終身雇用」の利点を書いている本なので、どちらかといえば反対の立場の意見をしっかり学べるかなと思いました。

この本で書かれているのは、特に成果主義のデメリット、終身雇用制のメリットといったもの。東京大学の学部教授が書いた本なので、けっこう学術的な実験などの内容に言及してる部分が多く、途中で多少は眠くなる部分もあり。でも、働く理由や終身雇用制度と囚人のジレンマを絡めた話は面白い。



■成果主義は逆に従業員の生産性を下げる

人の評価はあいまいなもので、成果を報酬で評価しようとすると必ず不満が出る。結局、正当に評価されていないと感じた従業員はやる気を失う。特に優秀な社員になればなるほど成果主義に対する不満が高まるらしい。成果に対しては、報酬ではなく面白い仕事、その人のやりたい仕事で報いるべきというのが本書の主張。

このへんはかなり納得。行動経済学の本でも、人は報酬が発生したとたんに自発的だった行動に対してモチベーションが低くなるとありました。実験によると、報酬をもらった時点で人はさぼるという行為を意識しだすらしい。そういう意味で、成果主義には弊害を多く年功賃金制は理想的とのこと。

これは、みんながマジメに仕事をするという性善説に基づいているとは思うのですが、評価を報酬にまったく結びつかないのがよいと断言しているのも思い切っていますな。

報酬は年功制にして、同期で仕事ができる人とできない人がいても報酬での差は一切つけない。その代わり、与えられる仕事の内容で差をつけるといった形。成果に対して給料で多少なりとも差をつけないのはやる気を促進する意味でちょっと無理があるんではないかとも思ったのですが、例外に対しての言及は特になし。

部分的にでも成果主義を採用している企業はいっぱいあるのですが、誰が評価を下すかがもっとも大きな問題。それに対して、ランダムに選ばれた社員たちが評価を下す360度評価制度というのが落としどころではないかと最近は思ったりしています。

ちなみに、面白法人カヤックはサイコロで+アルファの給与を決めている。どうせ人の評価なんてあいまいなんでサイコロで決めてしまうといったぶっ飛んだ思考。



■長期的な関係の重要性

終身雇用制度の利点は従業員同士が助け合う関係性を築けるという点。先輩は後輩に対してじっくり教えるようになるし、会社への帰属意識も高まる。長期的な関係が築きにくく、入れ替わりが激しい会社では社員同士の関係がゼロサムゲームになり協調関係が起こらない。

上記のように終身雇用制度のよさを本書では強調されている。もちろん終身雇用制のメリットは多い。ただ、終身雇用制度を戦略として企業が独自に採用するのはよいとして、政府が解雇を規制するのはいかんと思うわけです。

従業員を解雇しないという方針を合理的な経営判断で行っているならいいのですが、そういう方針が合わない業種や企業もあるはず。終身雇用制度のメリットはたくさんありますが、間違いなく新しい人材を採用するハードルは高まります。

結果的に働く意欲のある人たちが職にあぶれる確率が高まるし、人材の流動性が低くなってそれぞれの人たちがもっとも力を発揮できる職業につける可能性も低くなってしまう。

とまあ、どちらにもメリット、デメリットがあるわけですが、自分が社長になったらどの方針を採用するか考えるとこういう話は面白いような気がする。


【書評】数学で犯罪を解決する


拷問読書

今週2冊目。累計81冊目。間違いなく今月読んだ本で一番面白かった。数学が世の中でどのように使われるかを解説した本としては、「その数学が戦略を決める」という名書があったのですが、本書の面白さは「その数学が~」と同等か、もしくは超えたかもしれない。

日本版を書いた訳者のあとがきなどのレベルが抜群に高いのでその要素が大きい。高度な数式もちょこっとだけ出てきますが、微分方程式もまともに解けない自分が楽しめるぐらいなので、数学知識0でもまったく問題ない。

本書は元々、アメリカのTVシリーズ「Numbers」を元にして書かれた本。「Numbers」は天才数学者チャーリーが数学を駆使して刑事である兄の捜査解決に強力するといったドラマ。アメリカのTVシリーズは予算も俳優の質も、脚本の練り具合も世界でダントツ。一話あたりに1億の予算とか平気なので、日本のドラマとはさすがにスケールが違ってくる。

このドラマでは、実際の統計学者の権威や数学者に監修してもらい、現実に数学が捜査に応用された事件をもとに脚本が作られているらしい。海外ドラマは「プラクティス」を筆頭にいろいろ見るのが好きですが、このドラマはまだ未見。本書を読めば嫌でも興味が出てきたので、GW中に一気に見てみたい。

■社会で役立つ数学の数々

自分が小学校のころの数学のイメージは、「将来まったく役に立たないもの」でした。その結果、数学が大の苦手な文系男になってしまったわけですが、最近はこのことを後悔する毎日。

もっと小さいころに数学の面白さが分かる本書のような本に出会っていれば!と枕をぬらす毎日です。ただ、「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で指摘されていたように、物理でも数学でも、学校の教科書はその知識が実際にどう使われるかをイメージさせない作りになっているのが問題だと思うわけであります。

本書の例でいえば、犯人の位置特定に確率分布を使ったり、指紋照合の限界を追求したりといった分野が特に面白い。中でも、囚人のジレンマを使ってテロリストに自白を説得するパートなんかはゲーム理論の本を読んだあとなら胸躍る楽しさです。

ここでは、爆弾のありかを知っているテロリスト3人を拘束しながら、誰からも自供を得られない状況で数学者のチャーリーが登場する。もちろんテロリスト同士は捕まっても口を割らないことを約束しあっている。

誰も口を割らないという犯人たちの戦略に対して数学者のチャーリーが使った戦法は、犯人それぞれが自白しなかった時のリスクを比較評価するといったもの。それには、それぞれの年齢、前科、シャバでの家族の有無などに基づいて変数を設定する。

リスク評価の数値から、警察に協力しないと一番損をするのはお前だと一番若い犯人に説得を試み成功します。



■レベルの高い訳者あとがき

この本の訳者代表は「その数学が戦略を決める」の訳者も担当した山形浩生さん。「その数学が~」の訳者後書きも面白いけれど6ページ分ほどだった。

この「数学で犯罪を解決する」では20ページ分ほどあり、本書で出てきた「統計分析」、「データマイニング」、「ベイズ確率」、「指紋とDNA鑑定」などそれぞれの分野でお勧めの参考図書を紹介してくれている。

本書で興味を持った内容を掘り下げたい時の指針になるので、すごくありがたい。ここまでレベルの高い訳者あとがきはなかなかない。本書の最初のページにある、「訳者口上」の文章も、本書に対する興味をかりたてる面白いあらすじ紹介。

気になるのでアマゾンで翻訳本を検索したら、「意識を語る」、「人でなしの経済理論」、「戦争の経済学」とか面白そうな本をいろいろ訳していた。この前読んだ「服従の心理」を訳していたのもこの人だったんですな。今気づきました。