【書評】スティーブジョブスの流儀


拷問読書今週のノルマ一冊目。前回、初めて読んだジョブス本が「スティーブ・ジョブス神の交渉力」。これは初めての人にとってはお勧めらしい。内容はというと、ジョブスの交渉術というか、俺様イズムというか、あまりにジョブスがひどい奴に書かれているのである意味笑える本でした。

「神の交渉力」のほうは、ひたすらジョブスの強引なやり口が書かれていたんですが、内容はエンターテイメントとしても面白かったのでジョブス本に興味が沸いてきました。ということで、池田信夫先生のブログでもお勧めされていたので本書を息抜きに読むことにしました。

内容は、「神の交渉力」に比べてジョブスのまともな部分にも焦点を当て、ジョブスの事業哲学みたいなものがよくわかる本。成功した経営者というのはたいてい誰でも個性的な人が多いのだろうけど、その中でも群を抜いているかもしれないジョブスの本は誰が読んでも面白い。

オタクのイメージが強いPCをスタイリッシュなイメージに変えたやり方や、いかにシンプルな操作性を追求するかなどのジョブスの完璧主義が本書を読むとよく分かる。

本の中ではひたすらジョブスを賛美しているだけではなくて、拡張性を削って失敗したキューブ型PCとか、書き込み型CDドライブをつけずに失敗したPCなど、哲学にこだわるあまり失敗した例も取り上げている。

最近読んだ起業家の自伝的な本は、セブンイレブンの鈴木敏文、HONDAの本田宗一郎、アップルのスティーブジョブスと3人。この3人の本の中で、まったくといっていいほど同じことを言っている部分がありました。それは、「顧客の声を聞いて、新しい製品を考えるな」ということ。

P83

自分が何をほしいかなんて、それを見せられるまでわからないことが多いものだ

この本によると、ジョブスは素人の頭で考え、新製品を作り出すことができると書いている。セブンイレブンの鈴木敏文も「顧客が本当に欲しいものは、顧客に聞いてもわからない」と言っていた。本田宗一郎は「客に欲しい物を聞くのではなくて、新しい需要は自分たちで作るんだ」と言って、大ヒット商品のカブを作った。

切り口は3人とも微妙に違うんですが、本質的に同じことを言っているので面白かった。

本田宗一郎とジョブスで違った部分は社員登用の考え方。本田宗一郎はエリートを捜すのは難しいが、平均的な技術者をたくさん集めれば数の力でライバルに勝てる。というような考え方。

ジョブスは徹底的にエリート主義。能なしは去れみたいなジャイアニズムを発揮して、ひたすら少人数制をつらぬいています。これはソフトウェア開発と車作りという、業界の違いが大きいとは思うけど、何事も少人数でシンプルにというのがジョブス哲学。ちなみに、グーグルも仕事はそれぞれ少人数のグループ単位で行うらしい。

それを考えると、教育っていうものは人数が多ければ多いほど質はどうしても低下するのは間違いないってあらためて思う。大学の大講義とかはしょうがないとしても、よっぽど教授がためになる事を話さないと意味ないんじゃないかって感じる。

P232

創造性とは物事を結びつけることにすぎない。

過去の経験をつなぎ合わせ、新しいものを統合することができる人は、他の人間より多くの経験をしているからだ。他の人間よりも自分の経験についてよく考えているからだ。

P236

どんな分野であれそこでナンバー1の人たちは、自分が枝分かれした木のひとつの枝だとは思わないだろう。

専門外の分野でも興味を持って自分の専門に生かすという能力は、成功者に共通している点じゃないかと思う。いろいろな分野を他の分野にもつなぎ合わせ応用する意識を持っていると、自然とどんな分野でも興味を持つことができると思う。

とはいいつつも、自分がギャングスタヒップホップのLIVEに参加しても長時間楽しめる姿が思い浮かびません。。


【書評】マズローの心理学


マズローの心理学

今週のノルマ3冊目。何度も読み返す価値のありそうな本。難しいけどくためになる。

欲求段階説で有名なマズロー。以前から興味があったんですが、分裂勘違い劇場で紹介されていたので読んでみた。マズローは心理学者でありながら、経営に関する本でも有名。

本書の中でも書かれていたけど、最終的な考え方がドラッカーのものと似ているらしい。

実は心理学自体にはあまり興味が最近までなかった。人の心についてなんて、心理学者でもないかぎり深く勉強しなくてもいいじゃないか?って思ってたから。でも、実践的な経済学として最近人気の行動経済学も人間の行動に焦点を当てていて、心理学的な面が非常に大きい。

最近読んだセブンイレブン会長の鈴木さんの本でもビジネスは統計学と心理学だと言い切っていた。ということで、今年あたりから俄然心理学に興味がわいてきたわけです。

本書はかなり前の本みたいで、本の作りや印刷のされかたも古さを感じる。内容も1回読んだだけではなかなか分かりづらく、読むのに時間がかかった。

この本を読んでいて感じることは、なぜか道徳本を読んだような気分になるということ。これは聖書でもなくて、道徳本でもなくて、よい人になろうというような自己啓発本でもない。単純に心理学についてのアカデミックな本。でも、この本を読むとよい行いをしようと自然に正されてしまう。

それはなぜだろう?と考えてみたけど、一つの結論としてはこんな感じです。道徳本や聖書などはどうしても徳の高い人間になりましょうと押しつけがましい。でも、この本は単純に研究の成果などを淡々と語っている。

そんな中で、精神的に徳の高い人ほどよりよい人生を満喫する傾向がある。とか、幸福感も高い。とか、延々と書かれている。こうあるべきだ!と書かれているわけでなく、単純に心理学を研究した結果そうなっていると書かれている。

そんなわけで、普通の聖書や道徳本があまりうけつけない天の邪鬼な人でも、本書を読めば少しだけ徳の高い人間になるように努力しだすような気がします。

本を読み進めていくと分かるんですが、マズローは心理学で有名なフロイトに対して批判的な立場をとっています。それは、フロイトが人間の残忍な部分にばかり焦点を当てすぎているということらしい。

どちらかといえば、マズローは人間の良心の部分に注目している。もともとマズローが人間の心理に興味が出てきたのは、人間的に素晴らしい教授を見てその秘密を探りたかったというのが動機とのこと。

以下は特に印象に残った部分

・幼い子供は両親から無償の愛を与えられ、初めて安心していろいろなことに挑戦する意欲を持つ。

ここは、ドラゴン桜だったか小論文の教科書だったかなにかでも書かれていた部分。本書では愛情は与えすぎることはないとも書かれていた。精神病患者のほとんどは、誰かから愛されているということが分かった時点で回復するらしい。

・攻撃性を持つ人間と持たない人間の違いは遺伝的ではなく、文化的なものである。したがって修正も可能。

この理屈にしたがって、性格は遺伝ではないので変えることができると解釈できるんじゃないかと思う。これは、とても攻撃的な原住民と、とても友好的な原住民の比較研究で結論づけたらしい。

この本は欲求の段階とか、人間の欲求に対する順番などを取り上げているけど、つまりは愛というものを一貫したテーマにしています。さらにいえば、いかに精神的に自立するか。いかに幸福になるかっていうところまでもつながると思う。

精神病患者がなぜ問題をかかえているのかを研究するとともに、精神的に充実している人々、つまりは幸福そうな人々の研究結果に対する本。精神的に充実している人々の事例を見ていくと、みな道徳的によいと思われる行動をしていたりする。

簡単には自分の気持ちの持ち方などが変わらないとは思うけど、上記の意味でこの本は押しつけがましくないすぐれた道徳本だと思いました。

先に挙げた分裂勘違い君劇場では、「マズローは疑似科学でありインチキだけど、科学ではなく、単によりよい生き方をする人間に対する示唆を与えてくれる本だと考えれば、すばらしい人生の肥やしになります。」と書かれていた。

あまり、欲求段階の部分を難しく考えて読まず、単純にどうすれば気持ちよく生きていけるかっていうヒントの本として読む進めるのが一番いいと思う。


【書評】囚人のジレンマ―フォン・ノイマンとゲームの理論


拷問読書経済学の教科書などで出てくる「ゲーム理論」がどういうものかよく分かる本。

この理論を考え、世界で最も賢い人間と言われたファン・ノイマンについても結構なページが割かれている。いろいろなジレンマにおける話が出てきて、内容もなかなか難しい。

しかし、人間社会におけるジレンマを扱うというテーマそのものが面白いので最初の導入部分からワクワクします。本書の主題でもある「囚人のジレンマ」はぱっと聞いてわかりにくいので「裏切りゲーム」とかのほうがよいような気もする。詳しくはウィキペディアで。

お互いに協調したほうが両者にとっては最大の利益が得られるのに、裏切られる可能性を捨てきれず結局は協調できないというジレンマは社会のあちこちで存在している。(核のジレンマなど)このジレンマに陥った時に合理的な解決方法はあるのか?最もよい戦略は何か?という理論がゲーム理論。

結論からいうと、このジレンマは解決不能であるらしい。さらに、人間は必ずしも合理的に行動しないので予測もできない。面白いのは、囚人のジレンマを何回もしなければならない状態に陥った時、実験によって出た最もよい戦略は協調戦略だった。結局、実社会では裏切った事を回りに記憶されると、将来の自分の行動にとって不利になるからなのがその理由。

自然界の動物もお互いに協力しあう戦略をとる例が多いと書かれている。ゲーム理論を突き止めて出された戦略を、自然界の動物たちが無意識にとっているというのがとても面白い。合理的だったことが環境の変化によって非合理になったり、何も考えずに行動していることが実は合理的だったりする例が世界にはたくさんあるんだろうと思う。

本書を読み進めていくと、結局「ゲーム理論」は合理的でない人間にとって意味のない理論じゃないのか?とか、そもそも使えない理論に何の意味があるんだろう?とかどうしても考えてしまう。

そんなモヤモヤを吹っ飛ばしてくれる、本書の最後に書かれている文章がこれ。

囚人のジレンマに対する唯一の満足いく解決策は、囚人のジレンマを避けることだ。これこそ、我々が、法律や倫理、その他協調を促すあらゆる社会体制と共に、今までに試みてきたことである。

裏切ったものが得をするため、協調できないジレンマに陥った状態が囚人のジレンマ。それを阻止するために宗教が生まれて、協調を社会のシステムとして促すために法律ができたのか!となぜか感動してしまう最後の閉めでした。


【書評】予想どおりに不合理


拷問読書分かりやすさと内容の充実度でいえば、今月のベストになるかもしれない一冊。

人間の行動は必ずしも合理的ではない、という様々な実験結果をユーモアたっぷりに書いている行動経済学の本。いろいろな要素がからまり、人間が不合理に行動する過程をたくさん知ることができます。

この本のいいところは誰にでも興味がわくテーマを上げ、それを分かりやすく説明しているところ。内容も難しくなく、とても読みやすい。著者自身も不合理な行動をとってしまうことを認めながら、どうすればそれに対抗できるかを考えている。

特に面白かった箇所

・アンカリング効果

たとえ最初の価格が恣意的でも、それがいったんわたしたちの意識に定着すると、現在の価格ばかりか、未来の価格まで決定づけられる。

人間は最初に聞いた価格を元にして、その他の価格が安いか高いかを考えるようになるというもの。つまり、最初に聞いた値段を無意識のうちに相場として設定してしまうということ。例えば、初めて住んだ家、初めてつきあった彼女、初めて熱中したゲーム、なんでも最初のものが基準になり、後々の物事がよいか悪いかを判断するアンカリングになる。

これは商品の価格を下げるのは簡単だけど、上げるのは難しいっていうことになる。

さらには、長年納得がいかなかった疑問も説明されることになりました。

それは僕が「ジャイアン効果」と呼んでいるもの。

ジャイアンは普段のび太をいじめたり、理不尽な要求をスネ夫にしたりとひどいやつです。それが、映画版でいいところを見せるとものすごくいいやつに見えてしまう。もしデキスギ君がのび太をちょっとでもからかったりしたら、ものすごい悪党に見えてしまうだろう。

これは、ジャイアンはひどいやつだというアンカリングがあるため、ちょっとでもいいところを見せるとすごくいいやつに見えてしまうのかと納得した。

この本での話はここで終わらない。

P78

市場で見かける需要と供給の関係は、選好ではなく記憶にもとづいている。

つまり、市場での需要価格は、過去の値段にもとづいて消費者が高いか安いかを判断してしまうため、必ずしも合理的に決まるわけではないというもの。市場に任せて規制を撤廃しても、合理的な値段に落ち着くとは限らないということになります。

市場に任せればいいのだというリバタニアン的な考えを持っていたんですが、このアンカリング効果は正直あまり考えたことがなかった。

・社会規範のコスト

P104

わたしたちはふたつの異なる世界。社会規範が優勢な世界と、市場規範が規則をつくる世界に同時に生きている。

今まで無料で困っている人たちを助けていた人々が、お金をもらうようになったとたんにやる気を失ったりする。これはお金をもらった時点で、自分の行為と報酬のバランスを突然考え出すからだ。人々の熱意を引き出すにはお金を出さず、社会規範に訴えるほうが効果的な時もあるということを説明しています。

このことは、お金を受け取らないことが有利に働くこともある時があることを教えてくれます。人の役に立つことをした時に報酬を受け取らなければ、自分の満足度も高くなり、相手の感謝する気持ちも高くなる場合が多いはず。

このパートは本書でダントツに面白い部分だった。本書には無料の力(なぜ人間が無料というだけで、合理的な判断を失うかという話)というパートも出てくるけど、社会規範を重視するという考えはその話にも関わってくる。

・なぜ現金を扱うと正直になるのか

実験結果によると、300円を盗むよりも300円相当の品物を盗むほうが罪の意識が軽いらしい。そんなわけで人間は、商品の返品で不正をしたり、引換券で不正をしたり、何かのサービスで不正をしたり、会社の備品をくすねることにはあまり抵抗がない。

・無料のパワー

人間は無料という言葉に弱い。なぜかというと、人は本質的に失うことを恐れる性質を持っているかららしい。無料と聞くだけで、大半の人が合理的な行動をとれなくなる。極端な例でいえば、1000円が800円になった高級チョコよりも、100円が無料になった普通のチョコを選ぶ。

グーグルが社員に無料で提供している社員サービスも無料なものがいっぱいらしい。無料の食事、無料のフィットネスクラブなど無料の社員向けサービスはたくさんあると聞いた。これは単純に社員の給料をサービスの分だけ上げるよりも、大きな効果を上げているはずだと思った。

行動経済学の本ではもっとも分かりやすく、面白い本だと思う。読みやすいので誰かに勧めるにも最適な一冊。欠点は本のカバーがケバケバしいぐらい。


【書評】プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く


プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く

11月 22nd, 2008

21プロパガンダ「だまし」のテクニック、メカニズムがこれでもかと書かれている本。いかにプロは人を説得するか。いかに自分たちは気づかずにその罠にはまるか。そういう事例を事細かに説明し、対処法も書かれている。

いつも読んでいる書評サイト、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるでスゴ本認定されていたので、本書を読む前の期待はすごく大きかった。の中でもひときわ大きくボリュームのある本でしたが、まったく裏切られることはない良書でした。

「いかに人は広告、政治宣伝に影響されるか」

それぞれの事例が面白く、でかく分厚い本にもかかわらずどんどん読み進められます。

説得のテクニックがどう使われるか。このメカニズムを知るだけでも十分に価値があるはず。なぜなら、何かを買ったりする前に「ああ、自分は今こういう説得術の技術を使われているんだな」と説得されようとしている自分自身を、もう1人の自分に監視させる土台ができるから。

この本を読んだ後はテレビを見る時も視点が変わり面白い。オバマ氏の演説、不動産業者のテクニック、いろいろな店の定員。この本に出てきた説得技法と一致する事例がたくさん出てきて参考になります。

数々の説得技法の中でも面白かった箇所

・的確な質問

自分が日本の首相だとする。600人が死に至るかもしれない伝染病が発生。2つのプログラムのどちらかを選ぶ状況に立たされた。

1.プログラムAでは200人の命が助かる

2.プログラムBでは600人の命が助かる確率は三分の一、全員死ぬ確率は三分の二

この場合、実験では7割の人が1を選ぶ。

しかし、

1.プログラムAが採用されれば、400人が死ぬ

2.プログラムBが採用されれば、全員助かる確率は三分の一、全員死ぬ確率は三分の二

この場合、実験で7割の人が2を選んだ。

どちらも同じ内容なのに質問の仕方を変えただけで、反応に大きな影響を与えられる。この質問のからくりは「人間はマイナスのイメージを嫌う」ということを利用している。前回読んだ本、いじわるな遺伝子でも出てきた内容だ。

本書の中で紹介される説得法の中には、ある程度受ける側も意識できる内容もある。

例えば、

・繰り返し効果

・比較効果(先に駄目なモノを見せて、その後良いモノを見せると効果が倍増される)

・恐怖に訴える

などなど。どれも効果のある手法だけど、なんとなく狙いは分かりやすい。しかし、負のイメージを利用した説得法、もしくは誘導尋問はなかなか気づきにくいのが重要な点ではないかと。気づきにくい手法だからこそ、その手法を事前に知っておくことの意味が大きい。

重要な点は質問が我々の意志決定の過程を構造すること。何を訪ねるかだけでなく、どのような順番で訪ねるかなども決定や選択に大きな影響を持つようです。

・おとりの力

1.Aのバーガー 栄養価はとても高いが味はまあまあ

2.Bのバーガー 味はとても良いが、栄養価は普通

この場合、1と2は単純に好みで選ばれる。

しかし、ここにおとりをいれることで選択に少なからず影響を与える。

1.Aのバーガー 栄養価はとても高いが味はまあまあ

2.Bのバーガー 味はとても良いが、栄養価は普通

3.Cのバーガー 味は普通程度で、栄養価も普通

この場合、合理的に考えて3は選ばない。しかし、3と2は比べやすい。このため、1よりも2を選ぶ可能性が実験では6.7%増えた。このわずかな差が年間売り上げ数十億の企業における市場所有率だと、何十億円もの効果をもたらす。

このおとりの力を利用したテクニックも意外に見落としがちな罠じゃないでしょうか。

世の中には巧妙な手段を使って、われわれの正確な判断を誤らせる罠がとても多いと本書では指摘している。そのからくりを見破ったり、利用したりするには手法をあらかじめ理解するのが一番。

例えば、今住んでいる家を紹介する時にはエイブルに行きました。この時の営業のAさんがなかなかできる人で、自分に合っている物件を上手く探してくれた。そして、もちろんこの本で書かれているような技術も要所で使われてました。

・比較法

まず欠点の多い物件から案内し、最後に一番希望に合致する物件を見せてきた。また、先に見せた物件は悪い部分を指摘し、最後の物件の価値を高める。値段もまず高めの物件を紹介し、最後の物件の価格への抵抗感を弱めていた。

・希少価値を利用

最後の物件で「いいなあ」と言っていた直後、Aさんが携帯の電話に出る。そして、その物件の予約が今入って、今を逃すと取られてしまうと告げる。

・罪悪感で説得する

いろいろ物件を回ってくれたので、契約しなければならない気持ちにさせる。

・自己イメージをさせる

自分がそこに住んだような気持ちにさせて、その気にさせる。

いずれも分かりやすい方法なので、案内してもらっていた時に感じていた。なので、直接「やっぱり最後に狙いの物件を持ってくるんですよね?」とずばり聞いてみたら、Aさんは「もちろんそうですよ」と笑って教えてくれた。さすがに最後の携帯電話の演技については聞けなかったけど。。

この時、「Aさんのやり方はうまいなあ」と使われている手法をある程度理解はしていました。でも、自分が分かっていようが分かっていまいが、その方法が効果的で最終判断に少なからず影響を与えていたのは間違いない。

ちなみに、僕はアムウェイの勧誘も受けたことがあります。この時も、知り合いになったB君がCさんという人の価値を高め希少価値を上げていました。具体的には、「Cさんというすごい人がいるんだけど、今度会ってくれるっていってるよ?」とB君はCさんを持ち上げていた。

この本には他にもあらゆる説得技法が事細かに紹介され、解説されている。なぜ人々が説得法、プロパガンダに影響を受けるか?それはみんな忙しく、少ない時間で意志決定を迫られるからだと書かれている。制限時間がある中でじっくりと論理的に考える暇はなかなかない。

そのため、直感と論理能力を複合させ判断を下す。そこにつけいるのが説得技法だということ。俺はだまされないよと思っている人も読んでおいて損はない一冊。


【書評】マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男


マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男

マイケル・ルイスの本に外れなしと教えてもらったので、まずはマネーボールから読んでみました。今週のノルマ三冊目。

軍資金の乏しいメジャーリーグの球団アスレチックス。このチームがなぜヤンキースとほぼ同等の成績を収めることができるのか。その秘密は今までにない科学的な統計、および綿密なデータに裏付けされたチーム作りがあったというお話。

アスレチックスのゼネラルマネージャーであるビリービーン。彼はよその球団が気づいていない重要なデータに目を配り、掘り出し物の選手を安値で発掘する。株式投資の本を読んでいるようで、慣れ親しんだ既存のデータに疑いを持つ重要性を教えてくれる本。

この本を読んだ後には、今まで当たり前のように感じていた野球のデータに対して新しい視点で見ることができて面白い。

・エラー率

エラー率は野球の中で最も主観的で、当てにならないデータらしい。なぜなら、エラー率はグラウンドの状態に大きく左右される。でもグラウンドの状態はデータに表れない。足の速い選手がフライの落下点にいち早く駆けつけ、ファンブルした場合エラーになる。しかし、鈍足の選手が追いつかずにヒットを許した場合はただのヒットになる。

このことから分かるのは、多くの人に受け入れられているが、実は不適切なデータを見破る知恵を身につけることの重要性。他のスポーツでも同じような例がないか考えてみた。僕はサッカーが好きなのでサッカーの例を考えてみる。

たとえば得点。8-0で勝った相手に対する1得点と、1-0で勝った相手に対する1得点はまったく価値が違う。でも得点王争いではどちらも同じ1点として加算される。前者は守備がザルな相手、さらには途中からやる気を失った相手から奪った1点。後者は守備が堅い相手から奪った1点。

もっと厳密に得点の価値を計る方法がないかちょっとだけ考えた。

選手が入れた1点をその試合における自チームの総得点で割る。例えば8-0で勝った試合に入れた1点は0.125ポイント。2-0で勝った試合の1点は0.5ポイントといった形で計算すれば、ストライカーの価値をもっと厳密に計ることができないだろうか?頭のいい人ならいい公式を考えてくれそうだ。

世の中のデータにはあまり信用度が高くないデータがいっぱいあると思われる。(でも大半の人がそのデータを信頼していて、重要な決定をする時に利用する)これを逆手にとったアスレチックスの方法は世の中のいろいろな分野で応用できるはず。

ほかにもいろいろと面白いデータの見方が本書にはいっぱいある。中でも面白かったのが以下の視点。

・ホームラン以外のフェア打球は、ヒットになろうがなるまいが、投手には無関係ではないか?

一般に打球がどこへどのように飛ぶかは投手の責任になっている。しかし本来は、打たれた球がヒットになるかどうかは野手の守備、球場の条件、運に大きく左右される。よって防御率の信用度は低い。反対に被本塁打率、四球率、三振率などは信用度が高いという仮説が書かれている。

確かにエラー率が信用できないデータなら、エラー率に左右される防御率も信用度が低くなる。信用度の低いゴミデータが新たなゴミデータを作るという法則に当てはまりますね。こんな視点で世の中のいろいろなデータを疑ってみる習慣をつけると、本当のようなウソや大きなチャンスが見えてくるかもしれない。


【書評】いじわるな遺伝子―SEX、お金、食べ物の誘惑に勝てないわけ


いじわるな遺伝子―SEX、お金、食べ物の誘惑に勝てないわけ

人間の脳についての取り扱い説明書。なぜ欲望に勝てないのか、遺伝子に精神の力で逆らおうとするのは無駄なことだと教えてくれる本。どうしようもないことをどうしようもないことだとまず理解すると、いいアイデアが浮かんでくるかもしれない。

ドーキンスの利己的な遺伝子に代表されるように遺伝子についての良書は多い。でも、遺伝子の仕組みを知った上で、「それではいったいどうすればいいの?」という疑問に答えてくれる本は少ない。この疑問に答え、生きるヒントを明示しているのが本書の利点だと巻末に書かれている。

僕なんかは精神論や道徳論で、「こうするべきだ」と言われてもあまり納得できないタイプ。でも「遺伝的に人間とはそうできているので、こうするのが合理的だ」と言われると非常に説得力があったりする。

・監獄で起きる自殺の半分は投獄された初日に発生する

遺伝的に悲しみは想像以上に早く消えるようにできているらしい。だから、人生に劇的な変化が起きた直後は、大きな決断を避けるのが重要と本書では述べている。監獄で起きる自殺の半分は投獄された初日に発生する、という事実はその事を端的に表している。人間は思っているよりも早く逆境から立ち直るからだ。

前回読んだ「まぐれ」によると、人は不幸を幸福の2倍強く感じると書いていた。つまり一万円拾った時の喜びよりも、一万円落とした時の悲しみのほうがエネルギーが強いということ。これを考えると失敗を恐れがちになるけど、思ったより痛みが早く引くとわかっていれば勇気がわいてくる。

じっくり情報を吟味しリスクを考えてから行動するのはもちろん重要。だけど、行動を起こす勇気がでない時、「人間は予想以上に早く立ち直る」という遺伝的な性質を思い出すとよいかもしれない。

・幸福というレースのゴールラインは移動し続ける

10万貯めると100万欲しくなる。100万貯めると1000万欲しくなる。人類の生活は100年前より遙かに便利になったけど、人類の幸福度の割合は便利になった分ほど増えていない。これは人間の欲望のゴールが際限なく移動し続けるよう、遺伝子に組み込まれているかららしい。この遺伝子は人が進化し、生き延びるために都合がいいからだ。

このため、今の段階で幸せじゃない人は、将来なにかを手に入れても幸せになる確率は低いようだ。

この遺伝的な事実を知ったからといって、夢や希望を諦めるわけにはいかないのは誰でもそうだと思う。ただ、自分たちの体がそうできていると前もって知っておくことこそが重要だろう。

今欲しいものがあっても手に入れればまた別のものがすぐ欲しくなる。こうなることをまず予測して行動を起こすのは大切だ。人間の修正を逆手に取る戦略もふと思いつくかもしれない。

・貸し借りのバランスが崩れると関係が崩れる。

身もふたもない話だがすべての生物の行動は利己的(自分のため)である。利他的(他人のため)な行動だと思われる行動も、実は利己的な行動だと本書では書いている。(もちろんそれだけでは説明しきれない行動も中にはあるけれど)

つまり、どんな時でも自分にとってメリットがあるかどうか遺伝子の力によって判断し、その上で

行動するのが人間の性質らしい。そのため、人間関係において貸し借りのバランスが偏ってしまうと関係が崩れてしまうという。

このことを豊富な事例を用い、えげつないほどリアルにこの本では説明される。例えば、大金を友人に気前よく貸してしまい関係が崩れた例が書かれている。また、人間には借りた恩義は返したくなるという本能があるらしい。そのため、借りを作るのは合理的な行動であると書かれている。

あまり打算的に行動しすぎても鬱になってしまうけど、これが人間の本性だと言われれば納得してしまう。この部分を読んで思うことは、借りた恩義は全力で返す必要があるということ。このへんは直感的に誰でも分かっていることだ。

ただ、人に尽くしすぎるのは危険なのだろうか?確かにいくら信用しているといっても大金を口約束で貸すのはまずい。奉仕しすぎると相手にとって重荷になるかもしれない。しかし、人の命を作ったから関係が崩れたという話はあまり聞かない。

道ばたに落ちている空き缶を拾っても自分へのメリットは想像しにくい。これは自己満足という利己的行動なのだろうか? といろいろと考えさせてくれるのがこの本の一番面白いところ。他にも「異性への魅力を感じる要素は子孫を残そうとする利害と一致する」と書かれている部分など、読みどころがたくさんあり、なおかつ読みやすい。


【書評】鈴木敏文の「統計心理学」


セブンイレブン会長、鈴木敏文氏の経営哲学本。セブンイレブンの経営は、アメリカの著名なビジネススクールでもよく教材として取り上げられている。ロジカルシンキングとか問題解決力という言葉が最近はやっている。そういうキャッチーなコピーで読者を釣っているものより、この本は何倍も濃い内容だと思う。
約265ページ。

経営の事例において、物事を客観視する、顧客心理を読む、脱経験的思考、統計データの嘘、心理学の重要さなどいろいろな要素が詰まっている。さらにコンビニ経営での実践を元に書かれているので、難しい言葉抜きで分かりやすい。鈴木氏は経営において経済学より心理学を重要視する。

鈴木敏文の「本当のようなウソを見抜く」を読んで、ものすごく良かったので本書を読んだ。内容はかぶっている部分が多いけど、著者によれば統計心理学を先に読むのがよいらしい。ビジネスだけでなく、人生全般に役立つ良書。切り口は経営の実務からだけど、ところどころで前回読んだ「まぐれ」と重なる部分が驚くほど多い。

特に印象に残った部分。

・ノウハウ本は読むな、他店を視察するな

ノウハウ本は過去のもので、その人の過去の成功体験をもとに先入観が植え付けられる。他店を視察するとただの物まねになり、自ら競合することになる。時代は常に変わるわけで、過去の成功体験は未来には役に立たないと切り捨てています。

人間はどうしても過去にうまくいった事を思い出し、苦しい時に頼りがちになる。そうなると新しい発想が生み出されず時代に取り残される。自分で一歩先を予想して、仮説を立て、実際に検証を行うということが重要だと本書では書いている。

仮説、検証の力をつけるには?単純に小さなことをちょこちょこ予想する癖をつけるといいんじゃないだろうかと思った。もちろん適当にではなく、しっかりと理由を考えて論理的に説明できるようにしておく。その時に過去にとらわれないよう常に意識しておくとさらによし。

後から考えるとどうしても後付けバイアス、結果論的な考えから物事を考えてしまう。だから、必ず近い将来、未来のことを題材にする。そうしていると、次には情報の重要さが身にしみてくるんじゃないかと。

・統計データの嘘、社会調査の過半数はゴミ

統計データを見るときは調査対象のサンプリング方法が重要になる。個人調査の答えなんてその場の雰囲気や、置かれている状況や聞かれ方によって180度変わってしまう。この信用度の低いデータが参考にされたり引用されることで、新たなゴミが生まれる。

データにだまされないようにするには、その背景や中身を突き詰めて考えること。その時に鈴木氏は心理学をヒントにするらしい。心理抜きには統計は読み切れないと述べている。

さて、これもためになる考えだけど実践するにはどうしたらいいだろうか?よく言われていることだけど、いろいろなデータを疑う癖をつけるといいはず。「この前占い師が言ってたんだけど」とか、「2ちゃんねるに書いていたんだ」とか言われても「ホントかよ(笑)」と僕でも疑います。しかし、統計的にとか科学的にとか言われると「へー、そうなんだ」となりがち。

ということで信用のおけるようなデータも疑う癖をつける。ただ、人が熱く語っている時に否定しちゃうとあまのじゃくと言われてしまうので、口に出すのは注意したほうがよいかもしれない。

・買い手の合理は売り手の非合理

おにぎりが完売すると売り手は成功だと思う。でも買いたい時に欲しいものが完売で買えないと買い手は不満を持つ。客の立場で考えていると思っていても、無意識に売り手の合理性を混ぜて考えてしまうものらしいです。お客のわがままにどこまで歩調を合わせられるかが大事と書いています。

最高のコンビニを妄想すると、品揃えは完璧、定員はモデル並、自分の好きな曲が常にかかっている、24時間いつでも配達もOK、なおかつ毎日半額セールしてるような店を希望してしまう。お客の希望をすべて実現しようとすれば店はつぶれますね。

お客の立場で考えていることが、本当にそうなのか?勘違いじゃないのか?と考えることが最も重要なんだと思う。その上でどこまで実現できるか、どうすればできるかとあれこれ考える。もし行動に移せなかったとしても、理解しているのと勘違いしているのではまったく違うなと思った。

・先手を打つより変化可能な体質がより重要

先のことを考えるのは重要。でも、新しいことに挑戦するのは先手を打とうとしているのではなくて、時代の変化に遅れないように変化に歩調を合わせている。変化に対応できるためには商売に余裕がいる。つまり利益を出していることだと書かれている。

柔道の石井君も変化に対応できるものが生き残れるって言ってましたね。人類の歴史を見ても変化に対応出来ない種は絶滅してきた。余裕を持つというのは、金銭的な意味であったり、時間でもあったりするんだと思う。今の自分にはどちらもない。。

暇な時間を意識的に作らないと、新しいアイデアや深くあれこれ考えることがなかなかできないと突破するアイデア力に書いてあった。やはり毎日30分ぐらいは何もしないで考える時間を作ろうかと。そういう意味では座禅を組むとか、瞑想するとかも合理的な行動に見えてきた。

本書は固定観念に縛られずに行動するヒントがちりばめられている。どれも具体的で分かりやすい。さらにセブンイレブンという身近なコンビニを題材にしているので、非常にとっつきやすいのもいい。
この本を読んだ後にコンビニに行くと、商品の品揃えや種類、棚の配置とかあらゆる面をいちいちチェックするようになってしまう。


【書評】フラット化する世界 [増補改訂版] (上)


グローバリズムが進み、世界でなにが起こっているかよく分かる本。

第一章では世界中で行われているアウトソーシングの現状を紹介。

・客の注文を離れた土地に送信して、処理速度を上げるバーガーチェーン店
・アメリカの会計業務を受注するインドの会社
・企業重役のプレゼン資料を作成するインドの会社
・数学の宿題をオンラインで教えるネット家庭教師

コールセンターの仕事は大変だが、インド国内では倍率が非常に高い仕事だという。
夜に働き、昼間に学校へ行って徐々に生活水準を向上させられるからだ。
本を読むとインドの学生の優秀さとハングリーさがよく分かる。

第二章では世界をフラット化した要因について

なぜ世界がフラット化したかを数々の実例を上げて著者が語る。
IT関連の事例が多いが、ウォールマートの配送システムや低コスト化の秘密なども扱っている。
ウィキペディア、スカイプ、グーグルなど革新的なサービスの紹介もしているが、
これらのことを知っている人にとっては特に目新しい部分はないかもしれない。

パソコンの2000年問題といえば、騒がれたわりにはたいしたことなかったという印象が強い。
しかし、インドにとってみれば独立記念日にしてもいいほど大きな転換期だったらしい。
日付変更にまつわる膨大なプログラミング作業をする必要が生じ、低価格で大量の作業をインドのプログラマー達にアウトソーシングしたからだ。これを機にインドへの外注が加速し、インド国内にいながら様々な知的産業に従事することができるようになったという。

今まではチャンスが極端に少ない状態だったインドや中国の優秀な若者たちが、
世界がフラット化することによってどんどん活躍の場を広げていく。
流れに取り残されないためにはどうすればいいかと、危機感も強く感じさせてくれる。

こうなると誰でも、「自国内の仕事が脅かされる」、「自分たちの賃金がどんどん下がるのでは?」
と悲観的になってしまう。保護貿易が経済的に合理的でなくても、イノベーションを阻害したとしても、自分の仕事となるとどうしても保守的になってしまうというもの。これに対する作者の考えが第4章のあたりから出てくる。この本で一番おもしろい部分はなんといってもここ。

例えば、世界最大の安売り店ウォールマートは低所得者を搾取しているとよく非難される。
低コスト実現のため、従業員の賃金や福祉制度が犠牲にされているからだ。
しかし、食料品などあらゆる品物を低価格で販売するウォールマートは、低所得者層にとって非常に重要な存在にもなっている。

消費者である我々はあらゆる支出を抑えたウォールマート価格を求める。
労働者である我々はできるだけ会社から賃金を多くもらいたい。
今後フラット化が進む中で、どの価値観を残すべきか選択せざるをえないと作者は言う。

作者の主張は単純。
「世界がフラット化しても、壁を設けようとせず、自由貿易の原則を貫くほうがアメリカの国全体として大きな利益が得られる」ということ。
仕事は有限にしかないゼロサムゲームではない。今ある仕事が海外の低所得労働者によって奪われても、イノベーションにより経済が発展すれば新たな仕事が生まれ需要が生み出される。

この論理を説明する例えがすごく分かりやすく、おもしろい。
「昔は大多数が農業を営んでいた。科学の進歩により農業機械が導入され様々な作業が効率化される。
今日、農業に携わる人口の割合はかつての半分以下だ。しかし、自分たちの仕事がなくなるといってイノベーションの流れを受け入れていなければ、人類の生活は豊かになっていただろうか?」

世界がフラット化したのはわかった。さて、これからどうすればいいだろうか?という具体的な話に入っていくところで上巻が終わる。上巻は前知識をつかむための導入部分のようで、下巻こそがこの本の面白い部分だろうと期待させてくれる。